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権威・反逆・アート~スーツが秘める無限の可能性~

Written by 中野 香織December 29,2016

2016年もいよいよ終わりに近づいて来ました。今年最後の記事になるであろう本欄では、「スーツ生誕350周年」だった今年をしめくくるにふさわしい本をご紹介したいと思います。


Christopher Breward, "The Suit: Form, Function & Style" (Reaktion Books)です。著者のブルウォード氏は、エディンバラ大学の文化史の教授で、"Fashioning London", "The Hidden Consumer"ほか多くのファッションに関する研究書を発表しています。

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チャールズ2世の「衣服改革宣言」により1666年に誕生したスーツという男性服のシステム。サヴィル・ロウのイングリッシュ・ジェントルマンやウォール・ストリートのビジネスマンを筆頭に、伝統・男らしさ・品格・権威・信頼、といった体制側の価値を是認するお約束の服として、世界中の男性がスーツをまとってきました。

一方、そうした権威や「らしさ」を破壊したい、抵抗したいと願う反体制側の男女も、まさしくスーツによってその抵抗を表現してきました。マカロニ、ダンディ、ズートスーツ、モッズ、ル・スモーキング、サプール......。同じシステムを使うからこそ、その批評性も影響力も大きくなります。

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本書は、そんな相反する表現力をもつスーツの350年間を、多角的な視点から論じたアカデミックな書です。スーツをめぐるありとあらゆる歴史的な事例と現在の事象を網羅してあることにも心躍るのですが、99枚のバリエーション豊富な写真とイラストに何よりも感動します。しかも各絵柄が贅沢にも1ページまるごと使って掲載されているのです。英語の本を読むことが難しいと感じる読者の方も、スーツの世界がかくも豊饒であることを、写真や絵画から感じ取ることができるでしょう。

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アートとしてのその表現力も無限であるように見えます。リチャード・ジェームズがアーチストのスペンサー・チュニックとコラボした「裸のスーツ」こと透明なスーツ(2009)や、アレキサンダー・マックイーンによるダークで耽美的な半壊スーツ(2009)、アイク・ウデによる「サートリアル・アナーキー」(2013)には思わず見入り、夢想に走ってしまうほどの磁力があります。

議論としてとりわけ興味深かったのは、第2章の「スーツを着る国家(Suiting Nations)」。インド、中国、日本、コンゴにおける「スーツ化」がいかに進んでいったのかという話なのですが、なかでも日本の話は、半ばこそばゆいような思いで読みました。

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1872年の勅令による洋装化⇒1920年代と30年代の「モボ」と「モガ」⇒戦後のアイビーとブルックスブラザーズ⇒みゆき族⇒「サラリーマン」が制服のようにダークスーツを着る⇒1970年代以降の前衛デザイナーによる、端正で地に足の着いた西洋的スーツの対極にある非対称の「ぼろ」ルックの登場。こうした日本の服飾史を、イギリスの文化史研究者の視点からおさらいすることができます。

さらに、1980年代、90年代に建築家や映画監督、広告関係者が、首元まできっちりととめた白いシャツとともに好んで着た「ジャパニーズ・デザイナーズ・スーツ」は、サヴィル・ロウの「英国らしさ」にはない洗練を宣言するものだった......という指摘には、なるほどそういう見方ができるのかと納得。

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古今の世界中のメンズウエアを、新たな視点で見直すことができる知的な一冊。よろしかったらホリデーシーズンの読書リストに加えてみてくださいね。


今年もご愛読いただき、ありがとうございました。みなさま、どうぞ佳いお年をお迎えください。

グレーゾーンを操るピンク・ジャケット

Written by 中野 香織December 06,2016

みなさま、こんにちは。ちょっとご無沙汰してしまいごめんなさい。12月に入りましたね。

スーツ生誕350周年に沸いた2016年を締めくくるにふさわしい服飾展覧会が開催されます。「半・分解展」、12月8日(木)~12日(月)。京都、名古屋での成功に続き、東京では渋谷区のギャラリー大和田で開かれます。主催は本ブログでもご紹介したことのある長谷川彰良氏です。博物館であれば手袋をはめて管理される貴重なヴィンテージの服を、まだ20代の長谷川氏が私財を投げ打って購入、鋏を入れて分解してしまったという前代未聞の展覧会です。師走の慌ただしい時期ではありますが、11日には私も講演しますので、お気軽に覗きにいらしてくださいませ。


さて、冒頭から宣伝めいて恐縮でしたが、今日は、その半・分解展でもひときわ目立つ、真紅のジャケットをめぐるお話をしましょう。このジャケットです。(半・分解展では、このように、半身が分解され、服の構造がわかるように展示されています。)

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袖の裏地はこのように手首ですぼまるようになっています。雨風を袖口から入れないための工夫ですね。つまり、屋外用の上着であったことがわかります。

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この赤い上着は、キツネ狩り用の上着です。キツネ狩りの際に、狩猟者、猟犬係(ハンツメン、マスターズ、ウイッパーズ・イン)らが着用したもので、別名、「ハンティング・ピンク」と呼ばれます。

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(The huntsman and hounds exiting Powderham castle for a hunt. 2005.@Owain Davies)


キツネ狩りとは、イギリスにおいては中世から続く紳士の「スポーツ」です。馬に乗った複数の人が、猟犬の集団にキツネを追いかけさせ、かみ殺させるという野蛮な「娯楽」。キツネが羊を襲う「害獣」としての一面ももつため、その数を抑制するという大義名分のもと、カントリーでは多くの人々を巻き込みながら、生活に密着した伝統として行われてきました。

hunting pink p.jpg(By Philip Reinagle (1749-1833), Engraved by J Scott. Wikimedia Public Domain)


キツネ狩りの絵を見ても写真を見ても、また現存する実物を見ても、ジャケットの色は真紅です。しかるに、なぜピンクと呼ぶのか? それは、18世紀にこの上着を作っていた伝説のテイラー、トマス・ピンクに由来するという説が有力です。ピンク氏が作った上着なのでピンク・ジャケットというわけです。(もう一説、赤い上着が風雨にさらされるうちにピンクに近くなってくるためこのように呼んだという説もあります。)


現在、ロンドンのジャーミン・ストリート発のシャツメーカー、トマス・ピンクというブランドがありますね。1984年にアイルランドのマレン三兄弟が興した会社で、現在はLVMHグループの傘下にありますが、ブランド名はまさしく18世紀のテイラー、トマス・ピンクからとったものです。ブランドのロゴマークは、テイラードジャケットを着るキツネです。


さて、そのように長い伝統をもち、イギリスのメンズファッションを考えるときにも避けては通れないキツネ狩りですが、実は2004年に、トニー・ブレア政権の下で禁止法案が成立し、翌年から施行されています。


禁止を支持したのは、下院の労働党議員、そして都市近郊に住む、動物愛護の意識が高い人々。一方、地主階級は存続を主張しました。実際、キツネ狩りによって派生する仕事で生計を成り立たせている人々もいるわけですから、地方の一部の人にとっては存続は死活問題だったのです。


両者は互いに一歩も譲らず、当時の労働党政府は、半ば強引な形でキツネ狩り禁止法案を成立させたのでした。


しかし、そこはしたたかなイギリスの支配者層です。この法案には、たくさんの抜け道が残されていたのです。条件付きで許可される例外をいくつか設定しました。それをうまくクリアしていけば、(極端に言えば、)狩猟服を着て馬に乗り、犬を走らせるだけで、実際にキツネを殺している現場が目撃されなければ、これまで通りでよいというわけです。結果として、「キツネ狩り」は相も変わらず行われており、真紅の上着、ハンティング・ピンク姿も、目にされなくなったわけではないという次第。

それどころか、毎年、ボクシングデー(クリスマスの翌日)には各地で大々的に、ドラァグ・ハント(drag hunt =擬臭跡を利用して犬を駆り立てる遊猟) なるものがおこなわれていることが報道されております。こちらは、昨年のマンチェスターのボクシングデーの光景。

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(The traditional Boxing Day Meet of Cheshire Drag Hunt at Dean Row, Wilmslow. 


禁止しておきながら、同時に、完全なる禁止というわけでもない。このタヌキおやじ的な現実的妥協、これぞグレーゾーンを巧妙にあやつるイギリス紳士的なやり方ではありませんか。


秋冬のカントリーを駆けぬける真紅のハンティングジャケットの集団。分解された実物を見て、テイラリングの技術のみならず、その服をめぐる当時の人々の生活や感情に思いを馳せ、またイギリス紳士の伝統の野蛮なる一面を考えてみるのも、味わい深いものです。


<半・分解展インフォ―メーション>

12月8日(木)~12日(月)  開場10:00~閉場21:00  ※初日 8日(木)14時開場  最終日 12日(月)18時閉場

場所・ギャラリー大和田
住所・東京都渋谷区桜丘町23-21 渋谷区文化総合センター 2F
電話・ 03-3464-3251 入場料・1000円 

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