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問題は落下にあるのではない。着地なのだ / シャーロックのタイとイートン校のタイ

Written by 中野 香織August 12,2016

(前回より続く)

さて次は、「男のヴァージン」つながりで、『シャーロック 忌まわしき花嫁』です。BBCのテレビドラマ「シャーロック」シリーズの劇場特別版として、昨年冬に公開された映画のDVDです。クリスマス向け映画で衣装は冬物全開ですが、実際に今、秋冬物の原稿を大量に抱えている身には、脳内で季節感が合っていたりします(苦笑)。

 

ベネディクト・カンバーバッチが演じるシャーロックは、本来19世紀に小説として書かれた架空の探偵が、21世紀に舞台を移して活躍するところに妙味があったのですが、この劇場版ではさらにひとひねり加えて、オリジナルの19世紀に戻る、というところが興奮ものです。

sherlock abominable.jpg当時の時代状況や原作の断片がふんだんに盛り込まれて
いるのも味わい深いですが、やはり19世紀ヴィクトリア朝のメンズファッションの華やかさが圧巻です。

カンバーバッチやマーティン・フリーマンが着るカラフルで重厚なタウンスーツにカントリーツイード、室内用ガウン......。Vゾーンのバリエーションときたら眼福ものなのですが、なかでも、これは21世紀にも持ち帰ってほしいと思ったほど目が釘付けになったのが、シャーロック(左)のこのタイです。

Sherlock-The-Abominable-Bride1.jpg(Photo shared from Cinefilos)


写真ではわかりづらいかもしれませんが、ボウタイではありません。この形は見覚えがあると思ったら、イートン校のスクールドレス(制服のことですが、彼らはこのような呼び方をします)のタイに似ていますね。多数の英国首相を輩出してきたことで名高いパブリックスクール、イートン校のスクールドレスは、テイルスーツにヴェスト、白いシャツにカラースタッズ(スタッズは表面からは見えません)、そしてデタッチャブルの襟の中央にくるりと巻くタイプの白いタイから成っています。襟の間に布があり、そこにタイをくるりと巻いて、このような形にするようです。

eton collar 3.jpg(Photo shared from the official HP of Eton Collage)

 

イートンの制服を販売しているテイラー「トム・ブラウン」(イートン・ハイストリートにある1784年創業の老舗で、アメリカのデザイナー、トム・ブラウンとは別物です)が公開している情報によれば、このタイは「ディスポーザブル」つまり使い捨てタイプです。10枚ワンセットで、3ポンド(600円に満たない)。こんなに安価な使い捨てタイだったとは、写真からはとうていうかがわれません。

 

上級生になると、ウィングカラーにボウタイという、通常のホワイトタイのコーディネートも許されるようです。彼らはウィングカラーを「スティック・アップス(Stick-Ups)」と呼びます。首を高くキープするという意味です。アメリカ英語ではピストル強盗という意味もありますが(両手を挙げさせられるので)、そんな自虐風味のある表現も、いかにもイギリスのエリートに似つかわしいですね。

『シャーロック』に話を戻しますと、このドラマは時代考証もかなり正確できめ細かいので、カンバーバッチのイートン型タイもおそらく19世紀後半には実在したのではないかと思われます。ただ、当時何と呼ばれていたのか、今、調査中です。ご存じの方、ぜひ、ご教示くださいませ。

 

さて、タイ談義はいったん横に置き、このドラマのなかで一番印象に残ったシーンは、やはり、(ビル・カニンガムと同様)、ヴァージンであることを明らかにされるシーンでした。ジョン・ワトソンが「なぜ結婚しないんだ?なにが君をそんな風にした?」と問いただすと、シャーロックは答えます。「誰でもない。僕自身だ(Nothing made me. I made me)」。

 

演じるバッチ君自身は結婚していますが、ドラマのなかのシャーロックはヴァージンという設定。ビル・カニンガムとシャーロック・ホームズのヴァージンぶりはやや種類が異なる気もいたしますが、ともに女には目もくれず天職を一途に追っているさまが、萌えポイントにもなっています。

 

どさくさにまぎれて言わせていただくと、いい年の男が「女にモテる(モテた)ぜ自慢」「ワルいことずいぶんやってきたぜ自慢」「経験豊富自慢」をやらかし始めると一気にしらけます。男社会では(そして一部の女性に対しては)魅力的に聞こえるのかもしれませんが、私はその手の話を得意げにする男を目にするたびに、「こんな男の女性コレクションの中に入らなくてよかった」とほっとします。モテる(モテた)ことが悪いのではありません、それを自分で口にする軽薄ぶりがまったくセクシーではないのです。いっそ、すがすがしく求道するヴァージン男を追っかけていたほうが、はるかにワクワクします。

 

ファッションの話のはずが、話が落ちて、へんなところに着地しました。「問題は落下にあるのではない。着地なのだ("It's not the fall. It's landing.")」とシャーロックもこのDVDのなかで語っています。着地場所を間違ってしまって怒られそうですが、暑さのせいということで、ご海容くださいませ。

 

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紳士の名品 cover帯.jpeg


恋愛よりも楽しいこと / ビル・カニンガム・ニューヨーク

Written by 中野 香織August 12,2016

残暑お見舞い申し上げます。外に出れば体温より高い猛暑、避暑地や交通機関は大混雑、人と話せば話題がポケGOとオリンピック、山積する原稿のテーマはといえば秋冬もののスーツやコートや異国の王室について。世の感覚と完全にずれてしまったこんな時のリラックスタイムには、社交を控え、引き籠ってDVD三昧もよいですね。そこで今日は、最近観たDVDのなかから、「ファッション」の観点から面白かったDVDのお話をしましょう。

まずは、ドキュメンタリー映画『ビル・カニンガム・ニューヨーク』。1960年代後半からほぼ半世紀近くもニューヨークのファッションシーンを撮り続けてきたビル・カニンガムが、今年6月、87歳で天寿を全うしました。フランスからは芸術文化勲章オフィシエを受勲し、ニューヨークでは「生きるランドマーク」に認定されるほど偉大な功績をもつ「伝説のカメラマン」のドキュメンタリーです。とはいえ、本人にそんな意識はなく、受勲のスピーチで「(写真は)仕事じゃない。好きなことをしているだけです」と屈託のない笑顔を見せます。

bill cunningham.jpg

ファッションが大好き。その純粋な思いだけでランウェイからストリート、パーティーまで広くカバーするスナップを撮り続けたビルの仕事は、結果として、ニューヨークのファッション文化人類学と呼ぶべき一大ジャンルを築き上げています。このドキュメンタリー映画は、そんなビルの、孤独なハンターのような仕事ぶりとともに、ニューヨークで新しいファッションが生まれる瞬間の空気感を、生々しく伝えてきます。

子供のように「好きなこと」を貫くための姿勢は、むしろ求道者のようにストイックです。バスもトイレも共用という狭い部屋に寝起きし、質素な食事をすませ、フランスの清掃員が着る青いジャケットを羽織り、首からカメラを下げて自転車に乗って街に出ます。パーティーでは水も口にせず、「無料の服」で着飾る有名人には見向きもせず、多彩な人種の微差を理解したうえでオープンに接し、審美眼にかなうものを追いかける。

そんな態度を貫くビルは、倫理的なジャーナリストの鑑であるはずですが、現代では、まっとうさを通す人が時に変人扱いをされることすらあります。
とはいえ、自由なスタンスでひたむきに写真を撮り続けた彼は、ニューヨーカーから、世界中から、敬愛されました。浮沈や人の移動の激しいファッション業界で半世紀も同じ仕事を続け、没してなお大きな尊敬を受ける一人の偉大な「変人」の記録としても高い価値のあるドキュメンタリーです。

私が最も衝撃を受けたのは、インタビュアーに恋愛経験のことを聞かれて「夢中になりすぎて恋愛すらしなかった」と答えているところ。まさかのヴァージン(とはかぎらないかもしれませんが、ほぼそれに近いかと思われます)告白。その後、週に一度、必ず教会へ通う理由を聞かれて、しばらく考え込んだ後、「人生を導いてくれるガイドとして必要」と答えたビルの表情に切なくなりました。仕事の喜びに輝くビルの笑顔が心を打つのは、他人にはうかがい知れぬ孤独との闘いを克服したあとの晴れやかさを重ね見るからかもしれません。

(真夏のファッション映画 続く)

 

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