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中野 香織

中野 香織

エッセイスト・服飾史家・明治大学特任教授

ファッション=時代と人を形づくるもの、と位置づけ、
過去2000年分の男女ファッション史から最新モード事情にいたるまで研究・執筆・レクチャーをおこなっている。
新聞・雑誌・ウェブなど、多メディアにおいて執筆しつづけて30年を超える。

「3.0」時代にビジネススーツは何色になっているのか

Written by 中野 香織March 01,2017

みなさま、こんにちは。3月に入りました。就職説明会が本格的に始まり、黒いリクルートスーツ軍団を目にする季節でもあります。

毎年、あちこちで書いたり話したりしていることですが、これは21世紀に入って生まれた、日本独自の光景です。マニュアルに従いたい大学生。作りやすく売りやすいものをわかりやすく販売したい量販店。両者の思惑がみごとに合致して生まれた、特異な流行です。

それでも就活時だけの現象かと思っていたら、そうではないのですね。

NewsPicksの編集長でもあられる佐々木紀彦さん著『日本3.0』(幻冬舎)という本のなかに、驚きの服装指南がありました。


念のためお断りしておきますが、この本じたいは、とても真摯な思いから書かれている良い本なのです。明治維新から敗戦までの「日本1.0」、敗戦から現在までの「日本2.0」に続く、これからの「3.0」時代を生き抜くための現状総整理と未来への提言。なによりも、世界で闘っていくためには「教養」が必要と説き、後半はかなりその点が強調されているところに、頼もしさを感じます。

引っ掛かりを感じたのは、外見の大切さを説く箇所なのです。ほんの少しですが服装指南もなされています。そのなかにこんな記述がありました。

「『プレゼンのときは、黒いスーツを着る』など基本作法をおさえているかどうかで、相手への説得力が変わってきます」。(『』内は黒字で強調されています)

今の日本ではそういうことになっているのですか?? ビジネスのプレゼンの現場を見る機会も少ないので、「黒いスーツが基本作法」という言い切りにひるんだのですが。

百歩譲って、日本ではそうなっているということを受け容れましょう。でもこれは「グローバルに闘えるビジネスマン」としての心得を、おもに30代の方に向けて説いている本。とすれば、世界のビジネスの現場では黒は避け、ネイヴィーかダークグレーを着る、というのが一応のスタンダードになっていることくらいは、書き添えていただきたかったところです。

職種においても若干、異なりますが、現在のグローバル基準においては、黒は喪服、フォーマルなパーティー、あるいはトップモードとして着られる色で、ビジネスでは好まれません。

もちろん、法律があるわけでもないし、日本ではこれが主流だから黒でいいんだ、と通すならば、それもいずれはスタイルとして認められていく可能性もなきにしもあらず。(スティーブ・ジョブズのように、そもそもスーツを着ないということだって、貫き通せば「スタイル」になりえます。)

しかし、そこまでのスタイルを確立していない30代の方は、もし世界で闘おうとするのであれば、やはり現在のグローバル基準を、それこそ「教養」として押さえておくことをお勧めします。そのうえで、自分は何を着るのかを戦略的に考えることができればいいですね。(グローバル基準を知ったうえで、あえて日本流の黒で通すのも、結果をすべて引き受けるという覚悟の上であれば、よいと思います。)

銀座の老舗、高橋洋服店の高橋純さんの著。『「黒」は日本の常識、世界の非常識』。

フィクションとはいえ、やはり現在のビジネスマンの服装の参考にもなる、絶大な人気のアメリカのドラマ「スーツ」。弁護士事務所に勤務する主役の2人は、昼間のビジネスにおいては常にネイヴィーかダークグレーを着ています。

suits drama.jpgそもそも日本におけるビジネススーツの「基本作法」において「プレゼンには黒」ということになっているのだとしたら、就活生がそれにならうのも仕方がないことですね。

無理強いはしません。黒を一着もっていれば、冠婚葬祭にも使えるし、何よりも今の日本においては「みんな一緒」なので悪目立ちしないでいられる、という言い分も理解できるのです。それでもなお、世界で闘おうという志を掲げるビジネスマン、そして世界での活躍を視野に入れる就活生には、少しの勇気を発揮して、狭い視野の中の右ならえではなく、意志ある選択をしていただきたいと思っています。

就活生のみなさまのご健闘を、心より応援しています。

30年前のお宝で「初心」を思い出す~「卓越する」という回答

Written by 中野 香織January 06,2017

あけましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

さて、断捨離して古いものをどんどん捨てていくと新しいものが入ってくる......という言説が世間では大手を振って流通していますね。しかし、それは歴史家にはあてはまらないことがあります。世の中からはまっさきに捨てられそうな古いものをとっておくことで、それが後に新しいインスピレーションの源になったりします。

たとえば、昨年末、といっても一週間ほど前のことですが、〇十年ぶりに倉庫の資料を整理しておりましたらば、1987年(ちょうど30年前ですね)2月にロンドンからエアメイルで届いた大きな茶封筒がでてきました。

Mary Quant 1.jpg差出人はマリー・クヮント社。中には同社の当時のプレスオフィサー(広報担当)ルイーズ・バーネット氏からの手紙と、

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クヮントに関して書かれている文献リスト、同社のプレス資料、およびロンドン・ミュージアムの「マリー・クヮントのロンドン」展カタログ2種類。つまり、今ではほぼ入手不可能と思われる貴重な資料が同封されていました。

img070.jpg30年前。文学部をいったん卒業してから訳あって学士入学した教養学部の「イギリス科」というところで卒業論文を書くにあたり、テーマに選んだのが、「マリー・クヮントのミニスカートと1960年代のイギリス社会」でした。今のようにインターネットもなく、ましてやアマゾンもなく、同時代に発売された洋書を手に入れるのも一苦労という時代。マリーのことが書かれた文献を遠回りして探すより、いっそ思い切って同社に聞いてしまうのが確実であろうと考えた私は、マリー・クヮントご本人あてにその旨を手紙で書き、ご助言を乞うたのでした。受け取ったお返事が、こちらの期待をはるかに超える、上記のような資料だったというわけです。

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たしか、この茶封筒が届いたのが締切直前あたりで、論文には上記の資料を完全には反映できなかった記憶があります。それでもなんとかかき集めていた資料をもとに書き上げたのですが、教授陣(おもに英文学における「権威」と呼ばれる方々がずらりと揃っていました)から、賛否まっぷたつのコメントをいただきました。「前例がなく荒削りだが、新しいことにチャレンジするガッツは買いたい」という好意的な少数の感想と、「ファッション、しかもミニスカートのような軽薄で表層的なテーマはアカデミズムで扱うにふさわしくない」という旨の、圧倒的多数派の否定的意見。今から思えば、とりわけ、その中のお一人からあからさまな嫌悪感を表明されたことが心に「傷」(かすり傷ですけどね!)として残っていて、だからこそ、「そうではないことを証明いたしますから、しばしお待ちくださいませね」(←その時の心中を100倍ほど丁寧にした言葉で書いています)という闘志がわいたんですよね。人生を賭けるほどの情熱を感じていたわけでもなく、そこでやめてもよかったのです。ぬるい是認ばかりだったら、そこそこ満足してやめていたかもしれません。でも、「アンチ」さんがきつい言葉を放ってくれたおかげで、ここでやめるのは負けに等しいから、せめて「一勝」を実感できてからやめよう、と思ったのです。「アンチ」さんの存在が、実は意外に大きな前進のエネルギーになってくれるということは、その後もしばしば経験しました。

目の前で否定的な意見を公言してくれる「アンチ」さんはまだいい。その後、手探りで奮闘するなかで名前がメディアに出るようになると、とんでもなく卑劣で下品なやり方で足を引っ張ろうとしたり、貶めたりしようとする輩にもしばしば遭遇しました。理不尽ないじめにあうのと同じようなもので、心に鉛を落とされたような気持ちになりますよね。生きる力すら削がれるような思いをしたこともあります。しかし、攻撃を避けようとして仕事を控えるのは、向こうの思うツボにはまるだけ。かといって同じレベルで反撃しても自分がそのレベルに落ちるだけ。そんなときこそ、意地でも満面の笑顔と優雅な態度を保ち、悔しさや怒りを仕事のエネルギーに変換して、仕事の質を高め、その量を確実に積み重ねていくことに専心しました。振り返ってみると、圧倒的な差がついていた。「アンチ」さんこそが、私を後押しし、前進させてくれたというわけです。笑



ミシェル・オバマ氏が、2016年の4月に、ジャクソン大学の卒業生に向けておこなったスピーチは、理不尽な差別や憎しみ、偏見に対していかに闘うべきかについてのパワフルな指南も満載なのですが、とりわけ強く共感し、繰り返し聞いている一節があります。

"Excellence is the most powerful answers you can give to the doubters and the haters. It is also the most powerful thing you can do for yourself, because the process of striving and struggling and pushing yourself to new heights --- that's how you make yourself stronger and smarter and able to make a difference for others." (「疑いを向ける人、憎しみを向ける人に対してもっとも効力を発揮する答えは、卓越すること、なのです。それは、あなた自身にとっても、力を発揮します。なぜなら、努力し、奮闘し、あなた自身を新たな高みに押し上げるという過程、その過程こそが、あなた自身を強くし、賢くし、他の人たちと違う価値をもつ存在にするのですから」)

ミシェルのスピーチは、こちらです。上記のメッセージは18:00 あたりから。

30年前の、ぼろぼろになりかけた茶封筒は、ファッション史研究をはじめた頃の、忘れかけていたそんな「初心」も思い出させてくれました。偏見や悪意、嘲笑とも闘いながら、淡々と続けているうちに、まったく予想もしなかったことをしていたり(それはそれでエキサイティングでありがたいこと)、「私はいったい何をしているんだろうか?」と迷子気分になることもありました。でも、原点を思い出すことで、「この先」を考えるときのひとつの指針がはっきりしました。2008年のリーマンショック後に各ブランドが「アーカイブ」を見直したときとか、フランス革命で秩序が破壊したときに、ヨーロッパの人々が古代ギリシア・ローマを見直す「新古典主義」に向かったときも、このような感じだったのでしょうか。迷ったときの原点。断捨離しないことで、原点が見つかるというよいこともありますね。古いものを捨てなくても、視点を変え、心の容量のほうを広げていけば、新しいものはいくらでも入ってくるものです(物理的な容量に関しては、悩ましいかぎりですが)。


さて、マリー・クヮント関連のなつかしい資料を見直しているうちに、2013年に日本でも翻訳が出たクワントの自伝を開きたくなってきました。長らく積読状態にしていた本ですが、脳内がクヮントに新たな刺激を受けた勢いで一気に読了。これについては次回に。

権威・反逆・アート~スーツが秘める無限の可能性~

Written by 中野 香織December 29,2016

2016年もいよいよ終わりに近づいて来ました。今年最後の記事になるであろう本欄では、「スーツ生誕350周年」だった今年をしめくくるにふさわしい本をご紹介したいと思います。


Christopher Breward, "The Suit: Form, Function & Style" (Reaktion Books)です。著者のブルウォード氏は、エディンバラ大学の文化史の教授で、"Fashioning London", "The Hidden Consumer"ほか多くのファッションに関する研究書を発表しています。

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チャールズ2世の「衣服改革宣言」により1666年に誕生したスーツという男性服のシステム。サヴィル・ロウのイングリッシュ・ジェントルマンやウォール・ストリートのビジネスマンを筆頭に、伝統・男らしさ・品格・権威・信頼、といった体制側の価値を是認するお約束の服として、世界中の男性がスーツをまとってきました。

一方、そうした権威や「らしさ」を破壊したい、抵抗したいと願う反体制側の男女も、まさしくスーツによってその抵抗を表現してきました。マカロニ、ダンディ、ズートスーツ、モッズ、ル・スモーキング、サプール......。同じシステムを使うからこそ、その批評性も影響力も大きくなります。

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本書は、そんな相反する表現力をもつスーツの350年間を、多角的な視点から論じたアカデミックな書です。スーツをめぐるありとあらゆる歴史的な事例と現在の事象を網羅してあることにも心躍るのですが、99枚のバリエーション豊富な写真とイラストに何よりも感動します。しかも各絵柄が贅沢にも1ページまるごと使って掲載されているのです。英語の本を読むことが難しいと感じる読者の方も、スーツの世界がかくも豊饒であることを、写真や絵画から感じ取ることができるでしょう。

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アートとしてのその表現力も無限であるように見えます。リチャード・ジェームズがアーチストのスペンサー・チュニックとコラボした「裸のスーツ」こと透明なスーツ(2009)や、アレキサンダー・マックイーンによるダークで耽美的な半壊スーツ(2009)、アイク・ウデによる「サートリアル・アナーキー」(2013)には思わず見入り、夢想に走ってしまうほどの磁力があります。

議論としてとりわけ興味深かったのは、第2章の「スーツを着る国家(Suiting Nations)」。インド、中国、日本、コンゴにおける「スーツ化」がいかに進んでいったのかという話なのですが、なかでも日本の話は、半ばこそばゆいような思いで読みました。

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1872年の勅令による洋装化⇒1920年代と30年代の「モボ」と「モガ」⇒戦後のアイビーとブルックスブラザーズ⇒みゆき族⇒「サラリーマン」が制服のようにダークスーツを着る⇒1970年代以降の前衛デザイナーによる、端正で地に足の着いた西洋的スーツの対極にある非対称の「ぼろ」ルックの登場。こうした日本の服飾史を、イギリスの文化史研究者の視点からおさらいすることができます。

さらに、1980年代、90年代に建築家や映画監督、広告関係者が、首元まできっちりととめた白いシャツとともに好んで着た「ジャパニーズ・デザイナーズ・スーツ」は、サヴィル・ロウの「英国らしさ」にはない洗練を宣言するものだった......という指摘には、なるほどそういう見方ができるのかと納得。

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古今の世界中のメンズウエアを、新たな視点で見直すことができる知的な一冊。よろしかったらホリデーシーズンの読書リストに加えてみてくださいね。


今年もご愛読いただき、ありがとうございました。みなさま、どうぞ佳いお年をお迎えください。

グレーゾーンを操るピンク・ジャケット

Written by 中野 香織December 06,2016

みなさま、こんにちは。ちょっとご無沙汰してしまいごめんなさい。12月に入りましたね。

スーツ生誕350周年に沸いた2016年を締めくくるにふさわしい服飾展覧会が開催されます。「半・分解展」、12月8日(木)~12日(月)。京都、名古屋での成功に続き、東京では渋谷区のギャラリー大和田で開かれます。主催は本ブログでもご紹介したことのある長谷川彰良氏です。博物館であれば手袋をはめて管理される貴重なヴィンテージの服を、まだ20代の長谷川氏が私財を投げ打って購入、鋏を入れて分解してしまったという前代未聞の展覧会です。師走の慌ただしい時期ではありますが、11日には私も講演しますので、お気軽に覗きにいらしてくださいませ。


さて、冒頭から宣伝めいて恐縮でしたが、今日は、その半・分解展でもひときわ目立つ、真紅のジャケットをめぐるお話をしましょう。このジャケットです。(半・分解展では、このように、半身が分解され、服の構造がわかるように展示されています。)

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袖の裏地はこのように手首ですぼまるようになっています。雨風を袖口から入れないための工夫ですね。つまり、屋外用の上着であったことがわかります。

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この赤い上着は、キツネ狩り用の上着です。キツネ狩りの際に、狩猟者、猟犬係(ハンツメン、マスターズ、ウイッパーズ・イン)らが着用したもので、別名、「ハンティング・ピンク」と呼ばれます。

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(The huntsman and hounds exiting Powderham castle for a hunt. 2005.@Owain Davies)


キツネ狩りとは、イギリスにおいては中世から続く紳士の「スポーツ」です。馬に乗った複数の人が、猟犬の集団にキツネを追いかけさせ、かみ殺させるという野蛮な「娯楽」。キツネが羊を襲う「害獣」としての一面ももつため、その数を抑制するという大義名分のもと、カントリーでは多くの人々を巻き込みながら、生活に密着した伝統として行われてきました。

hunting pink p.jpg(By Philip Reinagle (1749-1833), Engraved by J Scott. Wikimedia Public Domain)


キツネ狩りの絵を見ても写真を見ても、また現存する実物を見ても、ジャケットの色は真紅です。しかるに、なぜピンクと呼ぶのか? それは、18世紀にこの上着を作っていた伝説のテイラー、トマス・ピンクに由来するという説が有力です。ピンク氏が作った上着なのでピンク・ジャケットというわけです。(もう一説、赤い上着が風雨にさらされるうちにピンクに近くなってくるためこのように呼んだという説もあります。)


現在、ロンドンのジャーミン・ストリート発のシャツメーカー、トマス・ピンクというブランドがありますね。1984年にアイルランドのマレン三兄弟が興した会社で、現在はLVMHグループの傘下にありますが、ブランド名はまさしく18世紀のテイラー、トマス・ピンクからとったものです。ブランドのロゴマークは、テイラードジャケットを着るキツネです。


さて、そのように長い伝統をもち、イギリスのメンズファッションを考えるときにも避けては通れないキツネ狩りですが、実は2004年に、トニー・ブレア政権の下で禁止法案が成立し、翌年から施行されています。


禁止を支持したのは、下院の労働党議員、そして都市近郊に住む、動物愛護の意識が高い人々。一方、地主階級は存続を主張しました。実際、キツネ狩りによって派生する仕事で生計を成り立たせている人々もいるわけですから、地方の一部の人にとっては存続は死活問題だったのです。


両者は互いに一歩も譲らず、当時の労働党政府は、半ば強引な形でキツネ狩り禁止法案を成立させたのでした。


しかし、そこはしたたかなイギリスの支配者層です。この法案には、たくさんの抜け道が残されていたのです。条件付きで許可される例外をいくつか設定しました。それをうまくクリアしていけば、(極端に言えば、)狩猟服を着て馬に乗り、犬を走らせるだけで、実際にキツネを殺している現場が目撃されなければ、これまで通りでよいというわけです。結果として、「キツネ狩り」は相も変わらず行われており、真紅の上着、ハンティング・ピンク姿も、目にされなくなったわけではないという次第。

それどころか、毎年、ボクシングデー(クリスマスの翌日)には各地で大々的に、ドラァグ・ハント(drag hunt =擬臭跡を利用して犬を駆り立てる遊猟) なるものがおこなわれていることが報道されております。こちらは、昨年のマンチェスターのボクシングデーの光景。

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(The traditional Boxing Day Meet of Cheshire Drag Hunt at Dean Row, Wilmslow. 


禁止しておきながら、同時に、完全なる禁止というわけでもない。このタヌキおやじ的な現実的妥協、これぞグレーゾーンを巧妙にあやつるイギリス紳士的なやり方ではありませんか。


秋冬のカントリーを駆けぬける真紅のハンティングジャケットの集団。分解された実物を見て、テイラリングの技術のみならず、その服をめぐる当時の人々の生活や感情に思いを馳せ、またイギリス紳士の伝統の野蛮なる一面を考えてみるのも、味わい深いものです。


<半・分解展インフォ―メーション>

12月8日(木)~12日(月)  開場10:00~閉場21:00  ※初日 8日(木)14時開場  最終日 12日(月)18時閉場

場所・ギャラリー大和田
住所・東京都渋谷区桜丘町23-21 渋谷区文化総合センター 2F
電話・ 03-3464-3251 入場料・1000円 

メンズ仕様のスーツを仕立ててみました

Written by 中野 香織October 10,2016

ドレスアップの秋がやってきました。あちこちでファッションイベントが開催されております。メンズに関しては、今秋はとりわけ、テイラードスーツの勢いがあるように感じます。スリーピーススーツも多く目にするようになりました。

さて、これまでさんざんテイラーやスーツブランドの取材をしてきたにもかかわらず、私は自身でスーツを仕立てたことがありませんでした。テイラーの多くが「女性のスーツは作らない」と公言していることもありますが、私自身がパンツスタイルを避けていたためでもあります。ただでさえ骨太の男顔なうえに脳内も男に近い。パンツスーツなど着ると、まんま男性で通用しかねません。せめて外見だけは「女装」しておいたほうがいいんじゃないかという遠慮もあって、マニッシュな服装には手を出さなかったのです。



しかし、ある大きなメンズファッションのイベントでトークショウに登壇するに際し、主催者側から「できればスーツを着用してください」という要望がありました。これはきっと天の声、もう逃げるわけにはいかないなというわけで、ビスポークスーツの世界に足を踏み入れることにしたのです。今日はその「初めてのビスポーク」のプロセスのご紹介です。

通常のフルオーダーであれば少なくとも3か月以上は必要ですが、イベントまで3週間ちょっと。女性用のスーツを仕立ててくれて、なおかつ3週間で制作を完了してくれるテイラーを探すことから始めました。知り合いの紹介で、東京・蒲田にアトリエを構える「アトリエサルト」の廣川輝雄さんにたどりつき、お願いすることにしました。

まず一回目の訪問。用途や好みを説明し、生地を選び、採寸します。
suit 1.jpgさんざん悩み、選んだのは、ネイヴィーに2.5cm幅のブルーストライプ。サヴィルロウのホランド&シェリーのスーパー130。この幅のストライプは「ザッツ男の模様だな」と漠然と感じていたこともあり、ゆえにトライしてみることにしました。
suit 19.jpg極右なメンズ服地ですが、これをモダン&シャープなイメージで、かつ、シルエットにはフェミニンな印象も感じられるように作ってほしい、とオーダーします。超特急で作らせる上、無茶ぶりすぎるだろう!という無謀な注文にも、廣川さん「わかりました」とにこやかにうなずく。



そして一週間後、第一回目のフィッティング「仮縫い」に行きます。この段階では、上で選んだ服地は使わず、ピン刺しによる傷みを気にしなくてよい仮の服地で作られたものを着てみます。そしてサイズ調整をしながら、ピンをばしばしとさしていきます。

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このフィッティングをもとに、型紙を作製し、本番の服地を使って裁断していくわけですね。あわせて裏地やボタン、ベントやポケットなど、細部のことをひとつひとつ、話しあって決めていきます。suit 30.jpgそうして少しずつ形になっていくその進行具合を、翌日から、廣川さんが写真でフェイスブック上に報告してくれます。完成形に近づくにつれ、ドキドキが加速していく。待ちながら、インナーやVゾーン、手元をどうしようか、などとあれこれ想像をめぐらす。そのように期待しながら「待つ」過程に、おそらく、ビスポークの醍醐味があるんでしょうね。

さらに一週間後、第二回目のフィッティング、「中縫い」のために訪れます。この段階では、選んだ服地を使って縫い上げたものを着てみます。袖まわり、肩、襟ぐりなどを中心に、ミリ単位で調整を進めていきます。suit 29.jpg裏地はベンベルグ。鮮やかなローズピンクのストライプ地を選びました。ポケットのフラップの裏にも丁寧に裏地があしらわれています。背中のベントからは、動くとちらっとピンクが見えて、なかなかセクシー。ルブタンの赤い靴底に似た効果があるような気がします。suit 33.jpgトラウザーズは総裏で、ジャケットの裏地よりも一段淡いピンクのベンベルグです。履いてみると、滑らかで官能的な肌ざわりを堪能できます。蒸し暑い日でしたが、さらさらとした心地よさがずっと続く感じ。この感触を味わうためにヘビロテしそうな予感。
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そして10日後、いよいよ完成品を受取りに行きます。
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しかし着てみると、脇のあたりが若干、大きめに感じられる。イベントまであと2日しかありませんが、廣川さんはこの部分をすっきりさせるべく、もう一度裏地をはずして縫い直してくださるとのこと。ほんの1,2センチのことなのですが、その微調整で見た目が大きく変わってくるんですね。

suit 34.jpgボタンは黒蝶貝。遠目にぱっと華やかに見えるボタンです。



そしてイベント前日、ようやく完成品を受取りました。裏地の残りで、ポケットチーフも作っていただきました!

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いよいよ当日、スーツデビューです。実は公の場でパンツスーツを着用するのは初めてのこと。メンズライクにシャツを着る予定でしたが、この日は気温が上がり、とてもじゃないけど暑くてシャツは無理。男性のみなさまはよくぞこの試練に耐えていらっしゃるものだ......と頭が下がります。

suit 28.JPG白いウエストコートにスカーフを合わせ、首元・手首・足首はフェミニンにしてみました(往生際が悪い)。少し気温が下がったら、フェアファクスのタイを合わせて、よりメンズライクな感じで着てみたいと思っています。suit 27.JPGすべて手縫いの丁寧な仕事で、体型さえ変わらなければ(ここ、重要)、末永く愛着がもてそうな美しいスーツを仕立ててくださった、廣川さん(左)。ありがとうございました!



ことほどさように、スーツ一着仕立てるのには、時間もお金もエネルギーもかかります。でも、作ってくれた人の顔がわかるというのは不思議な安心感を与えてくれるもので、作るまでに経験したコミュニケーションは、スーツに対する愛情と信頼に変わります。テイラーにしても、誰の服を作っているのかがわかることは、仕事のやりがいにつながるそうです。ギャラはすべてお仕立て代に投資した形になりましたが、今後、トレンドに煩わされず、バリエーション豊かに長く着続けていけること、ぴたりと身体にあう服が作り手にとっても着る側にとっても、幸福の実感をもたらすことを思えば、とても有意義な投資なのではないかと思います。早く安く手軽に入手できて大量に捨てられるファストファッションがもたらす弊害が地球環境に悪影響を及ぼしていることが問題になっている今、心の通う、作り手の顔が見える服の重要性は、これからひときわ、脚光を浴びていくのではないかと思います。服だけじゃなく、食べ物も、建築も。

なによりも、長年メンズファッションのことを書いてきた自分自身が、ようやく、今さらながら、ビスポークスーツの力を身をもって実感しているのです(ほんと、遅すぎ)。このパワースーツが、今後の研究の方向を導いてくれることを祈りつつ、しばし、身を委ねてみたいと思っています。

紳士の国の秘儀的なルール

Written by 中野 香織September 20,2016

みなさま、こんにちは。

9月1日にBBCで、気になるニュースが報じられました。ロンドンの金融街に就職しようとする労働者階級出身の若者が、面接に茶色の靴を履いていけば不採用になる可能性がある、という報告書の内容です。シティこと金融街は、伝統的に「ジェントルマン階級」と呼ばれる一部の特権階級が支配してきた世界。ここにおいて「ノー・ブラウン・イン・タウン」(シティではスーツに茶色い靴を履かない)をはじめとするいくつかの秘儀的な紳士の掟を知らない者は、排除される可能性が大きいことを報道されたのです。こちらです。

簡単に要旨を紹介します。

❝ロンドンの金融街にはいまだにエリート主義が根強く残り、ごく一部の特権階級やオクスブリッジ(オクスフォード大学とケンブリッジ大学)出身の者のみが了解している「秘儀的な掟」によって、頭脳明晰で聡明なワーキングクラス出身の若者を締めだしている。

「秘儀的な掟(arcane culture rules)」は話し方、アクセント、服装、ふるまいにおよび、たとえば服装においては、「ビジネススーツに茶色の靴を履く」「派手なタイを合わせる」など「洗練されていない」装いで面接に臨めば、いかに能力が高くても採用されることはない......❞

BBCの記者は、「出自や教育に関わらず、能力のある若い人が金融界でも成功できるように望みたい」と正論で締めくくっています。7月に就任したテリーザ・メイ首相も、就任演説で社会の不平等に言及し、「イギリスを少数の特権階級ではなく、すべての人のための国にします」と語りかけたばかり。イスラム教徒サディク・カーン氏がロンドン市長になるほど多様化が進む現代においては、特権階級による意地悪としか見えないこのような不平等など捨て去ってしまったほうが、よほど国益にかないましょう。

しかし。正論は正論としてもっともなのですが、このような時代錯誤的な意地悪というか排他主義こそ、伝統的な「ジェントルマン階級」の文化を連綿と守ってきた要素でもあることを、今一度、思い知らされたのでした。

アメリカでは「ガラスの天井(Glass Ceiling)」を破るべく、ヒラリー・クリントンが健闘しています。イギリスにおいてはガラスの天井よりもむしろ、クラスの天井(Class Ceiling)のほうが堅牢であるように見えます。

FullSizeRender (15).jpg                                                       (Beauliful Shoes made by Yohei Fukuda)

ちなみに、茶色の靴をビジネススーツに合わせるというのはイタリアでは普通に見かけますし、他国でも「面接で履いてきたら不合格」となるほどの縛りはありません。「ノー・ブラウン・イン・タウン」の掟は、伝統的なジェントルマン階級が支配する、ロンドンのシティのみです。では、なぜシティで茶色の靴はだめなのか? 

さかのぼると、ボー・ブランメル(1778 -1840)に行きつきます。黒いブーツをシャンパンで磨いていたという伝説を残すブランメルは、茶色い靴はカントリーで着用する靴であるというルールを定着させ、ロンドンにおいては「ノー・ブラウン・イン・タウン」「ノー・ブラウン・アフター・シックス」の原則を広めていきます。19世紀初頭、社交界に君臨し、当時の国王ジョージ4世(摂政時代)よりもファッションにおける影響力をもった彼は、エリートが集うジェントルメンズ・クラブのひとつ「ウォティア」に入会を希望するナイーブな田舎紳士を拒否するために、こんな理由を挙げています。「彼らのブーツは馬糞と粗悪な靴墨のにおいがする」。

dandy club.jpg(ブランメルがプレジデントをつとめた「ダンディ・クラブ」ことウォティア(Watier's)。1818年ごろの風刺画。Photo from Wikimedia Public Domain)

ブランメルは、靴ばかりか、ジェントルマンの装いのルールや美意識、振る舞い方すべての源流となる方ですが、自分よりも社会的身分においては「上」であったはずのカントリー・ジェントルマンでさえ、このような理不尽な理由をつけてクラブから排除しようとしたのです。なぜ「排除」しなくてはならなかったかに関してはブランメルの出自から始まる長い話になり、拙著『スーツの神話』をご参照いただければ幸いですが、ともあれ、イギリス発の紳士の装いのルールの根底には、常に「排他主義」が匂うのです。


その後、1930年代前後には、エドワード8世(のちのウィンザー公)が、ネイビーのスーツに茶色の靴を合わせるという「ルール破り」をしたことが話題になりました。ルール破りが許されるのは彼が王室のメンバーで別格の洒落者だったから。その後、「ノー・ブラウン・イン・タウン」のルールは静かに根強く残っていたようで、2016年の9月の時点において、いまだにそのルールによる排他主義がニュースになる次第です。

良いか悪いかという問題は別として、異国の部外者が憧れるイギリス的な要素の多くは、やすやすとは入れないジェントルマンズ・ワールドから生まれたものであることも確かです。どうしても太刀打ちできない権威に対する絶望と、それゆえに生じる憧れ。「ジェントルマンズ・ワールド」は、根拠の曖昧なルール、その根底に潜む排他主義、そして現実との絶妙なブレンドでできています。

服の価値を左右する大切な要素

Written by 中野 香織September 08,2016

みなさま、こんにちは。秋冬シーズンに突入し、売り場ではテイラードスタイルが目立つようになりました。

テイラードジャケットの着心地や美しさを決める要素として、カッティングやフィッティング、生地や仕立ての良しあしが、今日もあちこちで論じられております。しかるに、重要な要素でありながら、脚光を浴びる機会がやや少ないのではないかと思われる要素があります。

裏地 (lining)です。裏地に対する日頃の無関心を猛省し償うべく、今日は裏地をテーマにお話しさせてください。「表は地味な色だけど脱ぐと華やか」みたいな「裏勝り(うらまさり)」の話ではありません。「表は木綿だけど裏は絹」みたいな江戸時代の商人の粋の話でもありません。純粋に、裏地の素材についての話です。表からは見えませんが、洋服のプロと呼ばれる方々は、上着の表を見ただけで、あるいは表から少しさわるだけで、どのような素材の裏地を使っているのかがわかると言います。それほど、裏地は表にも影響を与えているのですね。

さて、みなさんのジャケットの裏地の素材表示をご覧ください。「キュプラ(cupro)」と繊維名が表示してあれば、それはポリエステルの3倍価格の上質な裏地です。(あ、「シルク(絹)」は別格です。)

このキュプラを生産する世界唯一の会社が、日本の旭化成です。旭化成はこれを「ベンベルグ(Bemberg)」と呼んでいます。キュプラは一般的な繊維の名前、ベンベルグは商品名、というわけですね。

そんなベンベルグ(キュプラ)の力を具体的に学べるミュージアムを訪れました。東京・神田神保町にある、旭化成プロデュースの「裏地ミュージアム」です。ベンベルグの製造過程から歴史、機能、用途、最新情報にいたるまで、着用体験を含めながら総合的に学ぶことができます。

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実は私もこのミュージアムに来るまで、ベンベルグの本当の原材料が何なのかを知りませんでした。コットンの種のまわりのうぶ毛(コットンリンター)であったとは!

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この天然素材に化学の力を加えることで、コットンのやさしさと化学繊維の機能をあわせもつ強力なベンベルグが生まれました。

FullSizeRender (72).jpg糸の製造は、完全に日本国内で行われています。製織・加工に関しては、国内のほか、一部、海外でもおこなわれています。たとえばイタリアに対しては日本で生産した糸を輸出していますが、製織~加工をおこなうのはイタリアの工場です。
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ベンベルグの機能のすぐれた点を挙げていきます。まず、湿気を吸い取って空中に吐き出す力が大きいこと。これは実際にミュージアムでの実験で確認できます。

次に、触れると冷感があるため、夏は涼しさを感じられること。

3番目、すべりがよいこと。ジャケット、とりわけ袖裏に使うと着脱がなめらかでエレガントになる上、重ね着も快適になります。

4番目、静電気を抑える効果があること。そのため、表地にほこりや花粉を寄せ付けにくくします。この点は私も驚きの発見でした。裏地に静電気が起きると、表地がほこりや花粉を吸着するんですね。ベンベルグ中の水分が静電気を逃がすので、これが起きにくくなるわけです。

5番目、冬場は暖かいこと。湿気を吸収するときに発生する熱エネルギーを逃がさない工夫をすることで、暖かさが生まれます。

さらに、本来、コットンから生まれているので、廃棄すると土に還り、環境にもやさしい。

FullSizeRender (143).jpg実際にミュージアムでは、同じ表地を使いながら、裏地の異なるジャケットを着比べることができます。ベンベルグを裏地に使ったジャケットは心地よく肌に接触し、動いてもジャケットがごわつかず、脱ぐ時ももたつかず、するするとセクシーに(!)脱ぐことができます。

FullSizeRender (142).jpgそんなことを体験してみると、裏地の異なるジャケットを比較したときに、どちらが上質な素材を使っているのか、表からだけ見ても少しはわかるようになりました。裏地の質が、表地の「着心地のよさ」の印象、上質感の違いを生んでいるのです。おそらく、「見ただけで裏地までわかる」というプロの目は、こうした知識と経験を積み重ねて養われていくんですね。

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ベンベルグは表舞台でも活躍しています。インドではシルクに替わるサリーの素材として。また飯田深雪さんのアートフラワーにも使われています。本物と見まがうこの花は、ベンベルグ製。

表からは見えない裏地ですが、それが服の着心地、耐用性、見え方、つまり服の価値そのものを変えてしまうほどの力をもつことを実感したミュージアム体験でした。人にもまた、表からは見えない裏地があるとすれば......それは生活習慣でしょうか。質を上げていくと、表の見え方まで変わってくるし、逆に見る目をもつ人が見れば、表だけ取り繕っていてもたちまち見抜かれてしまう。......なんてことまで考えさせられました。

IMG_3547 (2).JPGミュージアムの人気者、ベン・ベルグさんと記念写真。「イタリア人が考える日本人テイラー」をイメージした人形です。ファッションの勉強のために来場する女子高校生に「かわい~」と大人気とか。

問題は落下にあるのではない。着地なのだ / シャーロックのタイとイートン校のタイ

Written by 中野 香織August 12,2016

(前回より続く)

さて次は、「男のヴァージン」つながりで、『シャーロック 忌まわしき花嫁』です。BBCのテレビドラマ「シャーロック」シリーズの劇場特別版として、昨年冬に公開された映画のDVDです。クリスマス向け映画で衣装は冬物全開ですが、実際に今、秋冬物の原稿を大量に抱えている身には、脳内で季節感が合っていたりします(苦笑)。

 

ベネディクト・カンバーバッチが演じるシャーロックは、本来19世紀に小説として書かれた架空の探偵が、21世紀に舞台を移して活躍するところに妙味があったのですが、この劇場版ではさらにひとひねり加えて、オリジナルの19世紀に戻る、というところが興奮ものです。

sherlock abominable.jpg当時の時代状況や原作の断片がふんだんに盛り込まれて
いるのも味わい深いですが、やはり19世紀ヴィクトリア朝のメンズファッションの華やかさが圧巻です。

カンバーバッチやマーティン・フリーマンが着るカラフルで重厚なタウンスーツにカントリーツイード、室内用ガウン......。Vゾーンのバリエーションときたら眼福ものなのですが、なかでも、これは21世紀にも持ち帰ってほしいと思ったほど目が釘付けになったのが、シャーロック(左)のこのタイです。

Sherlock-The-Abominable-Bride1.jpg(Photo shared from Cinefilos)


写真ではわかりづらいかもしれませんが、ボウタイではありません。この形は見覚えがあると思ったら、イートン校のスクールドレス(制服のことですが、彼らはこのような呼び方をします)のタイに似ていますね。多数の英国首相を輩出してきたことで名高いパブリックスクール、イートン校のスクールドレスは、テイルスーツにヴェスト、白いシャツにカラースタッズ(スタッズは表面からは見えません)、そしてデタッチャブルの襟の中央にくるりと巻くタイプの白いタイから成っています。襟の間に布があり、そこにタイをくるりと巻いて、このような形にするようです。

eton collar 3.jpg(Photo shared from the official HP of Eton Collage)

 

イートンの制服を販売しているテイラー「トム・ブラウン」(イートン・ハイストリートにある1784年創業の老舗で、アメリカのデザイナー、トム・ブラウンとは別物です)が公開している情報によれば、このタイは「ディスポーザブル」つまり使い捨てタイプです。10枚ワンセットで、3ポンド(600円に満たない)。こんなに安価な使い捨てタイだったとは、写真からはとうていうかがわれません。

 

上級生になると、ウィングカラーにボウタイという、通常のホワイトタイのコーディネートも許されるようです。彼らはウィングカラーを「スティック・アップス(Stick-Ups)」と呼びます。首を高くキープするという意味です。アメリカ英語ではピストル強盗という意味もありますが(両手を挙げさせられるので)、そんな自虐風味のある表現も、いかにもイギリスのエリートに似つかわしいですね。

『シャーロック』に話を戻しますと、このドラマは時代考証もかなり正確できめ細かいので、カンバーバッチのイートン型タイもおそらく19世紀後半には実在したのではないかと思われます。ただ、当時何と呼ばれていたのか、今、調査中です。ご存じの方、ぜひ、ご教示くださいませ。

 

さて、タイ談義はいったん横に置き、このドラマのなかで一番印象に残ったシーンは、やはり、(ビル・カニンガムと同様)、ヴァージンであることを明らかにされるシーンでした。ジョン・ワトソンが「なぜ結婚しないんだ?なにが君をそんな風にした?」と問いただすと、シャーロックは答えます。「誰でもない。僕自身だ(Nothing made me. I made me)」。

 

演じるバッチ君自身は結婚していますが、ドラマのなかのシャーロックはヴァージンという設定。ビル・カニンガムとシャーロック・ホームズのヴァージンぶりはやや種類が異なる気もいたしますが、ともに女には目もくれず天職を一途に追っているさまが、萌えポイントにもなっています。

 

どさくさにまぎれて言わせていただくと、いい年の男が「女にモテる(モテた)ぜ自慢」「ワルいことずいぶんやってきたぜ自慢」「経験豊富自慢」をやらかし始めると一気にしらけます。男社会では(そして一部の女性に対しては)魅力的に聞こえるのかもしれませんが、私はその手の話を得意げにする男を目にするたびに、「こんな男の女性コレクションの中に入らなくてよかった」とほっとします。モテる(モテた)ことが悪いのではありません、それを自分で口にする軽薄ぶりがまったくセクシーではないのです。いっそ、すがすがしく求道するヴァージン男を追っかけていたほうが、はるかにワクワクします。

 

ファッションの話のはずが、話が落ちて、へんなところに着地しました。「問題は落下にあるのではない。着地なのだ("It's not the fall. It's landing.")」とシャーロックもこのDVDのなかで語っています。着地場所を間違ってしまって怒られそうですが、暑さのせいということで、ご海容くださいませ。

 

<新刊『紳士の名品50』(小学館)、大好評発売中です。フェアファクスのタイはじめ、50の名品を通して「紳士」の世界を書きました。綿谷寛・画伯による描きおろしイラストが章扉と表・裏の表紙に入っています。こちらもぜひ、お手にとってみてください。>

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恋愛よりも楽しいこと / ビル・カニンガム・ニューヨーク

Written by 中野 香織August 12,2016

残暑お見舞い申し上げます。外に出れば体温より高い猛暑、避暑地や交通機関は大混雑、人と話せば話題がポケGOとオリンピック、山積する原稿のテーマはといえば秋冬もののスーツやコートや異国の王室について。世の感覚と完全にずれてしまったこんな時のリラックスタイムには、社交を控え、引き籠ってDVD三昧もよいですね。そこで今日は、最近観たDVDのなかから、「ファッション」の観点から面白かったDVDのお話をしましょう。

まずは、ドキュメンタリー映画『ビル・カニンガム・ニューヨーク』。1960年代後半からほぼ半世紀近くもニューヨークのファッションシーンを撮り続けてきたビル・カニンガムが、今年6月、87歳で天寿を全うしました。フランスからは芸術文化勲章オフィシエを受勲し、ニューヨークでは「生きるランドマーク」に認定されるほど偉大な功績をもつ「伝説のカメラマン」のドキュメンタリーです。とはいえ、本人にそんな意識はなく、受勲のスピーチで「(写真は)仕事じゃない。好きなことをしているだけです」と屈託のない笑顔を見せます。

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ファッションが大好き。その純粋な思いだけでランウェイからストリート、パーティーまで広くカバーするスナップを撮り続けたビルの仕事は、結果として、ニューヨークのファッション文化人類学と呼ぶべき一大ジャンルを築き上げています。このドキュメンタリー映画は、そんなビルの、孤独なハンターのような仕事ぶりとともに、ニューヨークで新しいファッションが生まれる瞬間の空気感を、生々しく伝えてきます。

子供のように「好きなこと」を貫くための姿勢は、むしろ求道者のようにストイックです。バスもトイレも共用という狭い部屋に寝起きし、質素な食事をすませ、フランスの清掃員が着る青いジャケットを羽織り、首からカメラを下げて自転車に乗って街に出ます。パーティーでは水も口にせず、「無料の服」で着飾る有名人には見向きもせず、多彩な人種の微差を理解したうえでオープンに接し、審美眼にかなうものを追いかける。

そんな態度を貫くビルは、倫理的なジャーナリストの鑑であるはずですが、現代では、まっとうさを通す人が時に変人扱いをされることすらあります。
とはいえ、自由なスタンスでひたむきに写真を撮り続けた彼は、ニューヨーカーから、世界中から、敬愛されました。浮沈や人の移動の激しいファッション業界で半世紀も同じ仕事を続け、没してなお大きな尊敬を受ける一人の偉大な「変人」の記録としても高い価値のあるドキュメンタリーです。

私が最も衝撃を受けたのは、インタビュアーに恋愛経験のことを聞かれて「夢中になりすぎて恋愛すらしなかった」と答えているところ。まさかのヴァージン(とはかぎらないかもしれませんが、ほぼそれに近いかと思われます)告白。その後、週に一度、必ず教会へ通う理由を聞かれて、しばらく考え込んだ後、「人生を導いてくれるガイドとして必要」と答えたビルの表情に切なくなりました。仕事の喜びに輝くビルの笑顔が心を打つのは、他人にはうかがい知れぬ孤独との闘いを克服したあとの晴れやかさを重ね見るからかもしれません。

(真夏のファッション映画 続く)

 

銀髪・白髪で広がる可能性

Written by 中野 香織July 07,2016

みなさん、こんにちは。七夕ですね。ロマンティックな計画がある方もそうでない方も、「年に一度」がめぐりくる貴さ、ありがたさに思いを馳せたい日であります。

私にも年に一度だけ七夕前後に会って、食事をしながら近況報告をしあう友人がいます。残念ながら、織姫&彦星のような色っぽい関係ではまったくないのですが、時間の経過で変わること、変わらないことを確認し、来年また楽しい近況報告をするためにはどのように生きていくのがいいのかを考えさせられる、とても意義深い日になっています。

時間の経過で変わること。その中の一つに「髪色」があります。強引に話題をそちらに振りますが。個人差は大きくありますが、男性の場合、早い方だと30歳少し前から白いものが混じり始め、40代後半で白髪の割合が勝っていく方が多いようです。この自然現象とどのようにつきあっていくのか、その態度にその人らしい考え方が見えるものです。

たとえば、前々回、ご紹介した「AMETORA」の著者、デーヴィッド・マークスは、髪が黒いときはスーツには関心がなく、Tシャツにジーンズのストリート系のスタイルばかりだったそうです。しかし、髪に白いものが混じり始めてから、それが似合わなくなったと悟り、テイラードジャケットやスーツを基本にする「きちんとした」スタイルに目覚めていったそうです。見た目の変化に合わせて自分のテイストも変えていき、新しいファッションを開拓する。白髪化を老化ではなく「自分の可能性を広げてくれるチャンス」と考えるわけですね。

実際、スーツスタイルは、グレーヘアのほうがむしろサマになるというところがあります。さらに髪が真っ白になると、パステルカラーや淡い色のジャケットも映えたりして、なるほどたしかに、ファッションの可能性は広がります。髪が薄くなる場合も同様で、むしろボウタイが似合いやすくなるとか、個性的な柄もくどくなく見せることができるなど、黒髪時代にはできなかった挑戦にも手を伸ばしやすくなるのではないかと思います。

いずれにせよ、もっともみっともなく見えてしまうのは、失われていく「若さ」ないし「過去」にしがみつくこと。それに気づいた人の中には、時を速めるという暴挙?に出る人もいます。たとえば6月30日付の朝日新聞のコラムは、政治家の細野豪志さんが、髪をあえて白く染めているという話を紹介していました。若作りにしがみつく未熟さを卒業し、むしろ次の段階へ進むのだという意思表示として、白く染めていらっしゃるとのことです。たしかに、まだ精悍さが残る顔に白髪のミスマッチは、はっと人目をひき、むしろ魅力的です。吉川晃司の銀髪が与えるインパクト、ニック・ウースターの銀髪が放つ迫力に通じるものを感じさせます。

nick wooster.jpg                                            (ニック・ウースター。Photo from official facebook page of Nick Wooster)


ここで連想が18世紀ロココ時代に飛びます。当時、男性も女性も、みな髪を白くしていました。結髪、またはかつらの上から、小麦粉を主な原料とする髪粉をシュッシュとふりかけて、白くするのです。

wig-powder.jpgなぜそんなことをしたのか? パステルカラーが主流のロココの衣裳には、白い髪のほうが似合うという美的な理由がまず考えられます。そしてもう一つ有力な説が、「みな同じ高齢のように見せるため」という理由です。「みな同じように若く見せるために黒っぽく染める」現代とは、発想が逆なのですね。美の価値基準が、高齢にあるわけです。みな白髪にし、経験を重ねた男女のふりして、恋愛やフラーティングを楽しむ。そこに生涯恋愛至上主義者たちの究極の智恵を見る思いがします。

Comte_d'Angiviller.jpg(Portrait of Chales Claude Flahaut de la Billarderie, comte d'Angiviller 1730-1810. 1763年ごろに描かれた肖像画で、絵の中の伯爵はまだ33歳前後。Photo from Wikimedia Public Domain)


とはいえ、ほかならぬこの髪粉が、フランス革命の遠因となります。「パンを食べることもできない」お腹をすかせた庶民が、「パンの原料となる小麦粉をおしゃれのために使っている」貴族に対して怒りを覚えるのは、当然のことですね。そんな愚かなことをしてまでも「その時代が考える美」を体現するために労力を費やした人々には、嘲笑どころか、愛おしさすら覚えます。

時は否応なく過ぎ去り、髪の色も量も変わり、何が美しくて何がそうではないのかという基準も移り変わります。過ぎ去るものにしがみつくのではなく、変化していくこと、変化を受けとめながら変化とどう付き合っていくのかを見せることに、気持ちをシフトしていきたいものです。


実際、変化していくその時その瞬間、すなわち「今」を生きている人の生命感、フレッシュ感は、無自覚な若さそのものよりもはるかに魅力的であるように、私には見えます。

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中野 香織

エッセイスト/服飾史家/
明治大学特任教授

吉田 秀夫

”盆栽自転車” 代表

長谷川 裕也

"BOOT BLACK JAPAN" 代表

山本 祐平

”テーラーCAID” 代表

慶伊 道彦

”FAIRFAX” 代表取締役

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