BLOG

伊知地 伸夫

伊知地 伸夫

”FAIRFAX” TRAD部門ディレクター

”FAIRFAX” TRAD部門のデザインを長年にわたり担当。
アメトラ的着こなしをモダンに着崩す手法の師匠的存在。
また、中学時代から嵌まっているJAZZ、特に50’s 60’sのビンテージレコードを数多くストック。
今回、その知識の深さを教授していただきます。

クレオパトラの夢

Writed by 伊知地 伸夫July 25,2018

昔からお世話になっている西麻布にあるKさんのバーで
僕の大好きなクレオパトラの夢を聴かせていただきました。
50年代の録音ですが、バド パウエルのピアノがSWINGしまくっていました。
なんていい音なんだろう!!

Kさんのバーのオーディオ装置はアンプとCDプレーヤーが
日本が誇るアキュフェーズ、
スピーカーはB&Wです。
これらの装置だけでうん百万だそうです。

クレオパトラの夢収録アルバム
The Amazing Bud Powell
バドパウエル に対する画像結果



70年代後半に僕がよく通っていた代々木のジャズ喫茶は
マッキントッシュの真空管のアンプ、スピーカーはJBLでした。
確かA7?という箱型の馬鹿でかいスピーカーだったと思います。
もちろん当時はアナログレコードです。
これらの装置で聴く大音量のクレオパトラの夢は本当に凄い迫力で最高でした。
バド パウエルの唸り声も半端なかったです。


クレオパトラの夢はバド パウエルのピアノ、ポールチェンバースのベース、
アート テイラーのドラムのトリオ編成で、
Blue NoteのThe Amazing Bud Powell に収録されています。
このアルバムはバドの全盛期の演奏ではありませんが、
日本ではジャズ喫茶の人気盤になっていました。
バドの体調もだいぶ良かったようで、名盤の一枚とされています。



バドパウエル に対する画像結果
バドパウエル に対する画像結果

あれから40年が経ち、オーディオも真空管から最新のデジタルに代わり、
落ち着いたバーでよく冷えたマティーニを飲みながら、静かに聴くクレオパトラの夢もいいものです。
ジャズ喫茶とは一味違ったクレオパトラの夢を体験することが出来ました。
改めてバドの
凄さがよく伝わり、唸り声もはっきり聴こえて緊迫感満載でした。

(写真は全て引用)

 

WE GET REQUESTS

Writed by 伊知地 伸夫June 30,2018

久々にオスカーピーターソンのWE GET REQUESTSを聴いた。
やはりいつ聴いても素晴らしいアルバムでした。

ジャズ入門の定番中の定番
「オスカーピーターソン」の画像検索結果

初めて聴いたのが中学2年の頃で当時吉田拓郎の「元気です」と匹敵するくらい
毎日のように聴いていたのを思い出します。

このWE GET REQUESTSはオリジナル曲はなく
全てが聴く側のリクエストというかたちで構成されています。
星に願いを、酒と薔薇の日々、MyOne and Only Love
などなど名曲ばかりを収録しています。
今思うとよくこんな大人っぽいレコードを
中学生の分際で聴いていたなぁと思います。
当時このアルバムの素晴らしさには全く気付いていなく、
友達の手前大人ぶって聴いていたのですが
実は拓郎の「元気です」の方がよっぽど心にしみていたんですけれど。

「オスカーピーターソントリオ」の画像検索結果

オスカーピーターソンのピアノ
レイ ブラウンのベース
エド シグペンのドラム

まるでベルベットの上を玉が転がるようなピアノの音色が
多感な僕を癒やしてくれていたのでしょう。
オスカーピーターソンのピアノテクニックは本当に素晴らしいです。
そして名手レイ ブラウンの存在感が半端ないです。
よく歌っていて、安定感のあるベースワークがこのアルバムの価値を更に高めています。

MyOne and Only Loveでのあまりにも優しすぎるピアノタッチ、
You Look Good to Meではエチュードのようなピアノとベースのボーディングで始まり
ベースソロ、そして三位一体となってクライマックスを迎えます。
じぃ~んと胸に響きますよ。
また決して派手ではないですが、エド シグペンの繊細なブラッシングが
名曲たちをより素晴らしいものにしてくれています。

「オスカーピーターソン」の画像検索結果

「レイブラウン」の画像検索結果

「エドシグペン」の画像検索結果

 
慌ただしい日々が続く中、たまぁに聴くWE GET REQUESTSは
僕の心を癒してくれています。

是非とも皆さんもこのアルバムを聴いて、リラックスしてみてはいかがですか?

                     (写真は全て引用)

Cal Tjader&Acid Jazz

Writed by 伊知地 伸夫June 05,2018

80年代にロンドンで誕生した一大ムーブメント、"ジャズで踊ろう"、ACID JAZZ。
ACID JAZZは80年代にロンドンのクラブシーンから誕生したジャズカルチャーですが、
当時DJ達がこぞって50年代~60年代の音源を取り上げていて、
新しいジャズの到来にとても興奮したものです。
その中で僕がハマっていたのがカル ジェイダーで
彼のラテンジャズは踊るには持って来いでした。

cal tjader に対する画像結果
cal tjader に対する画像結果
「カル ジェイダー wiki」の画像検索結果

当時の僕はヴブラフォンはおとなしい楽器のイメージが強くて、
MJQぐらいしか知らず、あまりヴブラフォンを聴いていなかったのですが、
クラブで流れる音は全然違っていて、ノリノリになれたのがきっかけで
カル ジェイダー、ロイ エアーズ、ボビー ハッチャーソンなどをよく聴きました。
そして最近は暑くなってきたせいか、構えなくて聴ける
南国ムードが漂うカルジェイダーをよく聴いています。

弊社のブランドでON THE ROAD「路上」というブランドがあるのですが、
その由来となったアメリカの小説家ジャック ケルアックが「路上」の中で神様と称した
クール ジャズの第一人者ジョージ シアリングの楽団にカルジェイダーは加入しました。
その後、スタン ゲッツやアニタ オディらとの共演などを通じてヒットを連発しました。

ジョージ シアリング楽団
「カル ジェイダー  ジョージ シアリング」の画像検索結果


スタン ゲッツ ~カル ジェイダーセクステット
「カル ジェイダー  アニタオディ」の画像検索結果

アニタ オディ&カルジェイダー 
タイム フォー2
「カル ジェイダー  アニタオディ」の画像検索結果

当時ロンドンのDJ達の感性には驚かせられました。
クラシックな音楽を聴く環境が変われば、
まったく新しい音楽になることを証明してくれたのですが、

僕の中ではジャズは黙って聴くものだったので、
とても衝撃的で新鮮な感じで楽しめました。
そして夜な夜なクラブ通いをしていたものです。

(写真は全て引用)

ERIC DOLPHY

Writed by 伊知地 伸夫May 03,2018

「エリック ドルフィー」の画像検索結果

「ERIC DOLPHY」の画像検索結果

ジャズを聴き始めて以来、ずっと好きでいつ聴いても新鮮で
飽きが来ないミュージシャンの一人がエリック ドルフィーです。
昔、映画館で観た映画『真夏の夜のジャズ』で
チコ ハミルトン クインテットでフルートを奏でる
彼の姿に鳥肌が立つぐらい感動したものでした。
僕の時代はYouTubeもDVDも無く、
この映画で初めてドルフィーの演奏する姿を観ることが出来ました。
彼はとてもお洒落でグレースーツにラウンドカラーのピンホールシャーツ、
そして黒のニットタイ(スキニータイ)というスタイルでCOOLです。

「真夏の夜のジャズ eric dolphy」の画像検索結果

もちろんこの映画のアニタ オディのチャーミングな容姿も鳥肌ものですが。
「真夏の夜のジャズ eric dolphy」の画像検索結果

エリック ドルフィーはアルトサックス、バスクラリネット、フルートを
巧みに操るマルチプレイヤーです。
活躍した時期は50年代後半から62年ぐらいで1964年には亡くなってしまいました。
一般的には全く評価されない時期が続いていて、認められたのが彼の死後です。
当時、彼のスタイルが主流派とは違って、一歩先を行っていたからなんですが。
レコードでしか彼の事を知らない僕は実際は仕事が少なく、
貧しい生活が続いていたとは知りませんでした。
少しゆとりがあれば持病の糖尿病に気がついて治療をしていたかも知れません。
なんとか手助けをしたかったのですが
さすがの僕も当時6歳では彼のなんの役に立てませんでした。

他のミュージシャンのところでも書きましたが、
ジャズミュージシャンは生存していた時よりも、みんな死後に評価されることが多いです。
今ではたくさんののファンがいるのに、生前に評価されていたらと思うと悲しい限りです。

「eric dolphy」の画像検索結果
白のタブカラーシャーツに黒のニットタイのドルフィー。


50年代後半のJAZZはハードバップからだんだんとファンキージャズに人気が集まってきていて、
また一方ではオーネット コールマンを筆頭にFREE JAZZが出始めた時期でもあります。
その中でエリック ドルフィーはハードバップとフリージャズを
足して2で割ったようなスタイルと言えます。
ジャズの伝統を基本にしながら、新しいジャズを探究する姿勢が
60年に発表した初リーダーアルバム『アウトワード バウンド』で聴けます。

Outward Bound(初リーダーアルバム)
「ERIC DOLPHY」の画像検索結果
彼の吹くサックスは馬のいななきのようだと言われとても衝撃的です。
この頃はコンスタントにレコードを出したり、たくさんのアーティストの
レコーディングにも参加していて多忙な毎日でした。
彼のリーダーアルバムを買いあさり、有名なAT THE FIVE SPOTや
IN EUROPEなどたくさんのアルバムが今でも僕の愛聴盤になっています。
「ERIC DOLPHY」の画像検索結果

「ERIC DOLPHY」の画像検索結果
リーダーアルバム以外にもドルフィー好きが唸ってしまうアルバムがあります。
オリバーネルソンのブルースの真実、ケン マッキンタイヤーのルッキング アヘッド、
ジョージ ラッセルのエズセティックスなどで誰がリーダーか分からなくなるほど
ドルフィーが素晴らしいです。

オリバーネルソン ブルースの真実
「eric dolphy」の画像検索結果

ケン マッキンタイヤー ルッキング アヘッド
「eric dolphy参加アルバム」の画像検索結果

ジョージ ラッセル  エズセティックス
「ジョージ ラッセル piano」の画像検索結果

アメリカではなかなか認められなかった彼はヨーロッパに
活躍の場を求めたわけですが、そのヨーロッパで亡くなってしまいました。
もし生きて活動をしていたら、きっと成功していただろうと思いながら
好きなIN EUROPEを聴いています。
(写真は全て引用)



THE FINAL TOUR

Writed by 伊知地 伸夫April 11,2018

THE FINAL TOUR

非常に興味深いアルバムが発売されました。
タイトルがMILES DAVIS  &JOHN COLTRANE  THE FINAL TOURです。
このアルバムのタイトルからしてマイ ルスとコルトレーンの立場は同等になっていますが、
この当時はマイルスがリーダーで、あくまでもコルトレーンはサイドメンなのですが?
まぁ、そんな細かいことは気にしないでいいですかネ~。

「マイルスデイビス&ジョン コルトレーン」の画像検索結果

 
1960年春、マイルスとジョン コルトレーンの最後の共演(競演)の
ヨーロッパツアーを収録したアルバムです。
これ以降コルトレーンはマイルスグループを脱退し、
その後マイルスはモードジャズを追求し帝王になり、
コルトレーンは後に歴史的名作と評される「至上の愛」を発表、
コルトレーンワールドを作り上げていきます。

メンバーはモダンジャズ屈指の傑作「カインド オブ ブルー」の時の
黄金のクインテットと呼ばれたマイルス以下、ジョン コルトレーン、
ウィントン ケリー、ポール チェンバース、ジミーコブです。
ツアー5公演を収録した4枚組のこのアルバムには、
カインド オブ ブルーに収録されていたSO WHATが
なんと公演ごとに違うバージョンで4曲も入っているんです。
他にも多数異なるバージョンの曲が聴けます。
これらを聴き比べてみるのも面白いですよ。
同じ曲でも違うアプローチの仕方が聴けて興味深いです。
ラウンド ミッドナイト、オン グリーン ドルフィン ストリート、
ウォーキンなど定番曲ばかりで安心して聴けます。
「マイルスデイビス&ジョン コルトレーン the final tour」の画像検索結果

「マイルスデイビス&ジョン コルトレーン the final tour」の画像検索結果

Kind of Blue
「マイルスデイビス&ジョン コルトレーン the final tour」の画像検索結果
マイルスとコルトレーンは共に1930年生まれの
同い年でマイルスは若くしてメジャーと契約した大スター、
かたやコルトレーンはなかなか目が出なくて、
マイルスグループに誘ってもらってからの
彼の躍進は皆さんご存知のとおりです。
まだこのツアーの時はお互い離れ離れになるとは
思っていなかったでしょうから?、そのことを知っている僕には
このヨーロッパツアーのアルバムは非常に考え深いものがあります。
皆さんもそうは思いませんか?

コルトレーンはあくまでもサイドメンと最初に書きましたが、
このアルバムを聴いていると、決してマイルスに引けを取らないレベルまで
達しているように思います。
そしてお客さんの反応もすごくいいんです。
僕もこの場にいたかったなぁとつくづく思いました。


(写真は全て引用)


 

NINA SHIMONE

Writed by 伊知地 伸夫March 22,2018


ニーナ シモン

「nina simone」の画像検索結果

87年のリバイバルヒット
"my baby just cares for me"
この曲で彼女を知った人が多いと思います。
僕もその一人で87年にシャネルNo.5のTVCMで流れていた曲です。
リドリースコットが監督をした事で有名なCMですが、
この曲は実は彼女のデビューアルバムで
1958年リリースのLittle Girl Blueに収録されていた曲です。
約30年という年月を経て世界的にヒットした曲でした。
やっぱりシャネルの力は凄いですね。
ヨーロッパで細々と活動していた彼女も
この曲のおかげで復活出来ました。
僕もこの曲で彼女が好きになって以来、今でもよく聞いています。
ジャズにとらわれずポップス、ブルースなど
幅広いジャンルを取り入れてるので、
ジャズが難しいと思っている方でも、スムーズに聴けると思います。



What Happened、Miss Simone?(2015年)

「what happened nina simone」の画像検索結果


ドキュメンタリー映画「What Happened、Miss Simone?」を観て、
人種差別、黒人公民権運動、夫からのDV、自殺願望、
自身の娘へのDV、離婚、アフリカ移住、躁鬱病などの
凄まじい人生をこの映画から垣間見ることが出来ました。
彼女の曲にMississippi Goddamという曲がありますが
明るい曲調なので、まったく知らなかったのですが、
実は過激な歌で「ミシシッピよ、地獄に落ちろ」と歌っています。

ミシシッピ州で白人至上主義らによって暗殺された黒人活動家や
教会に仕掛けられた爆弾によって亡くなった4人の少女の事件を歌った曲でした。
キング牧師、マルコムXらと親交があった彼女は
これを機にどんどんと過激になっていき、歌には政治的なメッセージが多くなり
音楽業界から敬遠されてしまいます。

デビューアルバム  Little Girl Blue
「ニーナシモン」の画像検索結果
このアルバムはニーナ自身のピアノと
ジミーボンド(ベース)、アルバート ヒース(ドラム)のトリオでの録音。
表題曲のLittle Girl Blueを始め、I LoveYou Porgy(ビルボード18位)、
My Baby Just Cares For Meなどの名曲を収録。
魅力たっぷりなニーナの低く奥深い声が聴けます。
そして時折聴こえるクラシック的なピアノアプローチがいいんです。
彼女は4歳の時からクラシックピアノを習っていて、
夢は黒人初の女性クラシックピアニストでした。

「ニーナシモン」の画像検索結果
「ニーナシモン」の画像検索結果
「ニーナシモン」の画像検索結果

「ニーナシモン」の画像検索結果

ニーナ シモンの意思は現代にも受け継がれていて
少し前ですが、ローリン ヒルとロバート グラスパーがプロデュースを務めた
「Nina Revisited...A Tribute to Nina Simone」を是非とも聴いて頂きたいです。
ローリン ヒルが5曲も参加していて、ニーナに負けないくらい奥深いです。
アッシャーが歌うMy Baby Just Csres For Meも一味違っていいですよ。
「ニーナシモン」の画像検索結果

「ニーナシモン」の画像検索結果
       (写真は全て引用)


HANK MOBLEY

Writed by 伊知地 伸夫March 01,2018

今回は僕の大好きなテナーサックス奏者の
ハンクモブレーを紹介します。

50年代のハードバップシーンで活躍し、
ハードバップの申し子と言われていたハンク モブレー。
ブルーノートは彼のリーダーアルバムを年4枚のペースで発表していました。

何故好きかと言うと、彼のテナーには優しくあったかさも感じとれたからだと思います。
非常に聴きやすく(初心者でも聴きやすいと思います)、歌うようなアドリブが格別です。
名曲も沢山残しておりますが、僕は60年代のRecado Bossa Nova (Dippin 1965年)や
Carolyn(No Room for Squares 1963年)などが大好きです。
皆さんも是非とも聴いてみて下さい。きっと気に入ると思います。

そして、そしてレコードジャケットのカッコ良さがピカ一なんです。
デジタル音源が全盛の今ですが、最近レコードが売れているニュースをよく耳にします。
僕の時代はレコードしか無くて、LPを買う決め手は
ジャケットのカッコ良さも重要な部分を占めていました。
レコードに針を落として音楽を聴きながらジャケットを眺め、
裏のライナーノーツを苦労して訳し、
またジャケットを眺めるの繰り返しでした。
そのひと時が僕にはたまらなくて、今では懐かしい思い出です。

ブルーノートのレコードジャケットは長きにわたり、
リード マイルスが作ってきて、レコードジャケット界に新風を吹き込みました。
その中でもハンクモブレーのアルバムジャケットはかなりカッコイイと思っています。
「ハンクモブレー」の画像検索結果

「ハンクモブレー」の画像検索結果

「ハンクモブレー」の画像検索結果

 「ハンクモブレー」の画像検索結果

「ハンクモブレー」の画像検索結果

 「ハンクモブレー」の画像検索結果
 30年ぐらい前でしょうか??
弊社の取引先の某都市銀行のショーウィンドウを
弊社のネクタイで飾ったことがありました。
その時のディスプレイにもハンクモブレーのレコードジャケットを
飾ったのを思い出します。

「ハンクモブレー」の画像検索結果

同じテナーサックスのソニーロリンズのような骨太さや、
ジョン コルトレーンのような豪快さが無く、
この2人に比べてテクニックがあったわけでもないですが、
何故か目が離せないというか、気になる存在でした。

60年代に入ってからはファンキー色が濃くなって、更に人気も上がっていきます。
彼のジャズに対してのまっすぐな気持ちは一向に揺らぐことがありませんでした。
                            (画像は全て引用)







JAMAICAN JAZZ

Writed by 伊知地 伸夫February 09,2018

JAMAICAN JAZZ

 某有名CDショップに市場調査?に行って来ました。
REGGAEコーナーでJAMAICAN JAZZ
の特集をしていました。
寒い日が続いているので
暑いお国が羨ましいですよね〜。


ここで今回はJAMAICAN JAZZについてです。
ジャマイカ出身のジャズミュージシャンは数多くいて、
あのウィントンケリーが有名です。
現在はピアノのモンティ アレキサンダー、
ギターのアーネスト ラングリンなどが活躍しています。
UKサックスのコートニーパインもジャマイカ系英国人(両親がジャマイカ出身)です。

WYNTON KELLY
「ウィントンケリー」の画像検索結果

ERNEST RANGLIN
「アーネストラングリン」の画像検索結果

MONTY ALEXANDER
「モンティアレキサンダー」の画像検索結果

COURTNEY PINE
「コートニーパイン CLOSER TO HOME」の画像検索結果


 レゲエはブラックミュージックがルーツで
ジャズ、リズム&ブルース、カリプソなどの要素を
ジャマイカのミュージシャンが取り入れて発展させました。
その中でもSKAが一番ジャズ的な要素を持っています。
ジャズも原点はブラックミュージックですので
意外と共通点があるんだなぁとひとりで納得していました。

 だいぶ前の話ですが、ブルーノート東京のライブを思い出しました。
その時のメンバーはアーネスト ラングリン(ギター)、
モンティ アレクサンダー(ピアノ)
ロビー シェークスピア(ベース)、スライ ダンバー(ドラム)でした。

IMG_2809.JPG
                     (BLUENOTE東京にて撮影)

 アーネスト ラングリンは1932年生まれ,
現在85歳の現役ミュージシャンで
SKAの誕生にも関わっているジャマイカのギター界のパイオニアです。
今もバリバリの現役で、南国ムードが漂う演奏をします。

「aアーネストラングリン」の画像検索結果
「アーネストラングリン」の画像検索結果      

モンティ アレクサンダーはオスカーピーターソンの
後継者と言われていて、モダンジャズはもちろんですが、
自身のアルバムでボブマーリーのトリュビュートを出したり
ジャズと自身のルーツを大切にしているピアニストです。
「モンティーアレキサンダー」の画像検索結果
「モンティーアレキサンダー」の画像検索結果       
スライ&ロビーはREGGAE界スーパースターでブラックウフル、
デニス ブラウン、アイザック ヘイズなどレゲエミュージシャンを
サポートしつつ、ミックジャガー、ボブ ディラン、ハービーハンコックなどと
競演した世界最強のリズムセクションです。

「スライ&ロビー」の画像検索結果
「sly&robbie」の画像検索結果
「ブラック ウフル」の画像検索結果   

このライブはジャズとレゲエ好きにはたまらないひと時でした。
スライ&ロビーは80年代によみうりランドでしか聴いたことがなかったので
ブルーノート東京での彼らの超ド迫力なドラム&ベースには圧倒されました。
アーネストの南国ムードが漂う熟練のギターワーク、
ンティの驚異のピアノテクニックで
僕を含めたこのライブハウスに来ていた人、
全てを魅了していました。

               (ジャケット写真は全て引用)

 

 

THE 3 SOUNDS

Writed by 伊知地 伸夫January 17,2018

ザ スリーサウンズ

アメリカ国内で1950年代後半から大人気だった
ザ スリーサウンズを紹介します。
「スリーサウンズ」の画像検索結果

僕自身は若い頃はまったく無視していて、
このピアノトリオを聴き始めたのはだいぶ後になってからです。

演奏スタイルがホテルのカクテルラウンジで聴いているような気がして、
ハードバップ派の僕には、おとなし過ぎて、なんか型にはめられていて
物足りなさを感じて避けて通っていました。
でも今ではこの雰囲気が心地よくなってきたのは、
僕自身が歳をとった証拠なんですが。

実はよく聴いてみると、ブルージーでファンキーなのです。
日本で人気が出始めたのも、かなり後だったと記憶しています。
日本のジャズファンは黙々と聴くタイプの人が多いので、
なかなか評価されなかったのだと思います。

彼らが凄いのは、結成してから約16年間メンバー交代をしていません。
ピアノのジーン ハリス、ベースのアンディ シンプキンス、ドラムのビル ダウディの
一体感のあるトリオ演奏が癖になります。


このトリオのデビュー作
1958年 introduthig 3 sounds

「スリーサウンズ」の画像検索結果
1961年 Moods
「スリーサウンズ」の画像検索結果
1964年 BLACK ORCHID
「the three sounds moods」の画像検索結果

数多くのアルバムをBlue Noteからリリースしました。

50年代のアメリカ、一般的にはジャズをラジオやジュークボックスで
聴いていた時代だからこそ、ザ スリーサウンズのBGM的なサウンドが受けていたようです。
ジャズファンだけでなく、ポップスファンにも人気を博し、
軽く流して聴けるサウンドがアメリカでは逆に受けたのでしょう。
若い人にはあまり馴染みがないと思いますが
日本でもジュークボックスが流行っていましたね。
いかにもアメリカ的な雰囲気がして、僕もよく洋楽を好んで聴いていました。
当時、日本でもジュークボックスでスリーサウンズが聴けていたら
間違いなくハマっていたでしょう。

(画像は全て引用)

私が殺したリー・モーガン

Writed by 伊知地 伸夫December 28,2017

私が殺したリーモーガン

「私が殺したリーモーガン」の画像検索結果


私が殺したモーガンを観に行ってきました。
1973年2月19日、雪が降りしきる未明。
イーストビレッジのジャズクラブ『スラッグス』で
夫人に撃たれて死亡したリーモーガン。
夫人ヘレン モーガンの亡くなる前の年のインタビューで
進行するドキュメンタリー映画です。
「私が殺したリーモーガン」の画像検索結果
「私が殺したリーモーガン」の画像検索結果
「私が殺したリーモーガン」の画像検索結果

18歳でブルーノートからデビューしたリーモーガンは、
クリフォード ブラウンの再来と言われ、
ジャズメッセンジャーズ、自身のグループで
数多くのレコードを発表してきました。
ファッションにもうるさく、常にオシャレに気を配っていました。

「リーモーガン ファッション」の画像検索結果

「リーモーガン ファッション」の画像検索結果  

「リーモーガン ファッション」の画像検索結果

1963年には空前の大ヒットになったザ サイドワインダーを発表。

「リーモーガン ファッション」の画像検索結果
引っ張りだこだった彼でしたが、大金を掴んだが使い道はヘロイン、
薬物や数多くの仕事をすっぽかしたりして、同業者から全く相手にされなくなる。

どん底にまで落ち込み、廃人同然のホームレス状態になっていた彼を再び天才トランペッター、
ひとりの人間として、立ち直させたのがひと回り年上のヘレンでした。
ヘレンは彼に愛情注ぎ、モーガンを誠心誠意支え続けました。

仕事も充実し、離れていった仲間たちもモーガンの周りに戻ってきて
順調に再起を果たしていた最中、別の女性が原因で、二人の関係がうまくいかなくなり、
護身用にとモーガンが買ってくれた拳銃で彼の胸に発砲してしまいます。
外は大雪のマンハッタン、救急車が通報から一時間近く経ってからの到着。
もっと早く来ていたら、もしかしたら生きていたかも知れません。

 「マンハッタン1970年雪」の画像検索結果
「私が殺したリーモーガン」の画像検索結果

 「私が殺したリーモーガン」の画像検索結果
              (写真は全て引用)

 

最後にヘレンはモーガンではなく、
私を撃っていたら、
どんなに良かったか。と言ってインタビューを終わります。

Blogger

中野 香織

エッセイスト/服飾史家/
明治大学特任教授

吉田 秀夫

”盆栽自転車” 代表

長谷川 裕也

"BOOT BLACK JAPAN" 代表

山本 祐平

”テーラーCAID” 代表

伊知地 伸夫

”FAIRFAX” TRAD部門ディレクター

慶伊 道彦

”FAIRFAX” 代表取締役

Recent entries

Monthly archive

1  2