BLOG

伊知地 伸夫

伊知地 伸夫

”FAIRFAX” TRAD部門ディレクター

”FAIRFAX” TRAD部門のデザインを長年にわたり担当。
アメトラ的着こなしをモダンに着崩す手法の師匠的存在。
また、中学時代から嵌まっているJAZZ、特に50’s 60’sのビンテージレコードを数多くストック。
今回、その知識の深さを教授していただきます。

JAMAICAN JAZZ

Writed by 伊知地 伸夫February 09,2018

JAMAICAN JAZZ

 某有名CDショップに市場調査?に行って来ました。
REGGAEコーナーでJAMAICAN JAZZ
の特集をしていました。
寒い日が続いているので
暑いお国が羨ましいですよね〜。


ここで今回はJAMAICAN JAZZについてです。
ジャマイカ出身のジャズミュージシャンは数多くいて、
あのウィントンケリーが有名です。
現在はピアノのモンティ アレキサンダー、
ギターのアーネスト ラングリンなどが活躍しています。
UKサックスのコートニーパインもジャマイカ系英国人(両親がジャマイカ出身)です。

WYNTON KELLY
「ウィントンケリー」の画像検索結果

ERNEST RANGLIN
「アーネストラングリン」の画像検索結果

MONTY ALEXANDER
「モンティアレキサンダー」の画像検索結果

COURTNEY PINE
「コートニーパイン CLOSER TO HOME」の画像検索結果


 レゲエはブラックミュージックがルーツで
ジャズ、リズム&ブルース、カリプソなどの要素を
ジャマイカのミュージシャンが取り入れて発展させました。
その中でもSKAが一番ジャズ的な要素を持っています。
ジャズも原点はブラックミュージックですので
意外と共通点があるんだなぁとひとりで納得していました。

 だいぶ前の話ですが、ブルーノート東京のライブを思い出しました。
その時のメンバーはアーネスト ラングリン(ギター)、
モンティ アレクサンダー(ピアノ)
ロビー シェークスピア(ベース)、スライ ダンバー(ドラム)でした。

IMG_2809.JPG
                     (BLUENOTE東京にて撮影)

 アーネスト ラングリンは1932年生まれ,
現在85歳の現役ミュージシャンで
SKAの誕生にも関わっているジャマイカのギター界のパイオニアです。
今もバリバリの現役で、南国ムードが漂う演奏をします。

「aアーネストラングリン」の画像検索結果
「アーネストラングリン」の画像検索結果      

モンティ アレクサンダーはオスカーピーターソンの
後継者と言われていて、モダンジャズはもちろんですが、
自身のアルバムでボブマーリーのトリュビュートを出したり
ジャズと自身のルーツを大切にしているピアニストです。
「モンティーアレキサンダー」の画像検索結果
「モンティーアレキサンダー」の画像検索結果       
スライ&ロビーはREGGAE界スーパースターでブラックウフル、
デニス ブラウン、アイザック ヘイズなどレゲエミュージシャンを
サポートしつつ、ミックジャガー、ボブ ディラン、ハービーハンコックなどと
競演した世界最強のリズムセクションです。

「スライ&ロビー」の画像検索結果
「sly&robbie」の画像検索結果
「ブラック ウフル」の画像検索結果   

このライブはジャズとレゲエ好きにはたまらないひと時でした。
スライ&ロビーは80年代によみうりランドでしか聴いたことがなかったので
ブルーノート東京での彼らの超ド迫力なドラム&ベースには圧倒されました。
アーネストの南国ムードが漂う熟練のギターワーク、
ンティの驚異のピアノテクニックで
僕を含めたこのライブハウスに来ていた人、
全てを魅了していました。

               (ジャケット写真は全て引用)

 

 

THE 3 SOUNDS

Writed by 伊知地 伸夫January 17,2018

ザ スリーサウンズ

アメリカ国内で1950年代後半から大人気だった
ザ スリーサウンズを紹介します。
「スリーサウンズ」の画像検索結果

僕自身は若い頃はまったく無視していて、
このピアノトリオを聴き始めたのはだいぶ後になってからです。

演奏スタイルがホテルのカクテルラウンジで聴いているような気がして、
ハードバップ派の僕には、おとなし過ぎて、なんか型にはめられていて
物足りなさを感じて避けて通っていました。
でも今ではこの雰囲気が心地よくなってきたのは、
僕自身が歳をとった証拠なんですが。

実はよく聴いてみると、ブルージーでファンキーなのです。
日本で人気が出始めたのも、かなり後だったと記憶しています。
日本のジャズファンは黙々と聴くタイプの人が多いので、
なかなか評価されなかったのだと思います。

彼らが凄いのは、結成してから約16年間メンバー交代をしていません。
ピアノのジーン ハリス、ベースのアンディ シンプキンス、ドラムのビル ダウディの
一体感のあるトリオ演奏が癖になります。


このトリオのデビュー作
1958年 introduthig 3 sounds

「スリーサウンズ」の画像検索結果
1961年 Moods
「スリーサウンズ」の画像検索結果
1964年 BLACK ORCHID
「the three sounds moods」の画像検索結果

数多くのアルバムをBlue Noteからリリースしました。

50年代のアメリカ、一般的にはジャズをラジオやジュークボックスで
聴いていた時代だからこそ、ザ スリーサウンズのBGM的なサウンドが受けていたようです。
ジャズファンだけでなく、ポップスファンにも人気を博し、
軽く流して聴けるサウンドがアメリカでは逆に受けたのでしょう。
若い人にはあまり馴染みがないと思いますが
日本でもジュークボックスが流行っていましたね。
いかにもアメリカ的な雰囲気がして、僕もよく洋楽を好んで聴いていました。
当時、日本でもジュークボックスでスリーサウンズが聴けていたら
間違いなくハマっていたでしょう。

(画像は全て引用)

私が殺したリー・モーガン

Writed by 伊知地 伸夫December 28,2017

私が殺したリーモーガン

「私が殺したリーモーガン」の画像検索結果


私が殺したモーガンを観に行ってきました。
1973年2月19日、雪が降りしきる未明。
イーストビレッジのジャズクラブ『スラッグス』で
夫人に撃たれて死亡したリーモーガン。
夫人ヘレン モーガンの亡くなる前の年のインタビューで
進行するドキュメンタリー映画です。
「私が殺したリーモーガン」の画像検索結果
「私が殺したリーモーガン」の画像検索結果
「私が殺したリーモーガン」の画像検索結果

18歳でブルーノートからデビューしたリーモーガンは、
クリフォード ブラウンの再来と言われ、
ジャズメッセンジャーズ、自身のグループで
数多くのレコードを発表してきました。
ファッションにもうるさく、常にオシャレに気を配っていました。

「リーモーガン ファッション」の画像検索結果

「リーモーガン ファッション」の画像検索結果  

「リーモーガン ファッション」の画像検索結果

1963年には空前の大ヒットになったザ サイドワインダーを発表。

「リーモーガン ファッション」の画像検索結果
引っ張りだこだった彼でしたが、大金を掴んだが使い道はヘロイン、
薬物や数多くの仕事をすっぽかしたりして、同業者から全く相手にされなくなる。

どん底にまで落ち込み、廃人同然のホームレス状態になっていた彼を再び天才トランペッター、
ひとりの人間として、立ち直させたのがひと回り年上のヘレンでした。
ヘレンは彼に愛情注ぎ、モーガンを誠心誠意支え続けました。

仕事も充実し、離れていった仲間たちもモーガンの周りに戻ってきて
順調に再起を果たしていた最中、別の女性が原因で、二人の関係がうまくいかなくなり、
護身用にとモーガンが買ってくれた拳銃で彼の胸に発砲してしまいます。
外は大雪のマンハッタン、救急車が通報から一時間近く経ってからの到着。
もっと早く来ていたら、もしかしたら生きていたかも知れません。

 「マンハッタン1970年雪」の画像検索結果
「私が殺したリーモーガン」の画像検索結果

 「私が殺したリーモーガン」の画像検索結果
              (写真は全て引用)

 

最後にヘレンはモーガンではなく、
私を撃っていたら、
どんなに良かったか。と言ってインタビューを終わります。

BLUE NOTEの逆襲

Writed by 伊知地 伸夫December 13,2017

BLUE NOTEの逆襲

WOWOWでブルーノートの逆襲というドキュメンタリーを放送していました。
僕もここ最近のBlue Noteは凄いと感じていたので、非常に楽しめました。
今回はこの番組を紹介しつつ、Blue Noteについてお話しを進めていきます。

今年で創設78周年を迎えたBlue Noteは2012年に現役ミュージシャンでプロデューサーの
ドン ウォズを社長に迎えて快進撃を続けています。

ドン ウォズ
「ドンウォズ」の画像検索結果
 
ドン ウォズはローリングストーンズ、ボブ ディランなど大物ミュージシャンを
プロデュースし、手がけたアルバムがグラミー賞最優秀アルバム受賞したり、
自身でもプロデューサー賞を受賞している大物プロデューサーです。
ロック畑のドンが何故Blue Noteの社長になったか?
ドンは当時無名だったジャズシンガーのグレゴリーポーターのライブを観て一目惚れして、
友人のキャピタルレコード社長に直ぐに契約するべきだと進言したことがきっかけでした。

グレゴリー ポーター
「グレゴリーポーター」の画像検索結果

当時キャピタルレコード傘下のBlue Noteはカタログやグッズ販売の部門だけを残して
新しいアルバムの制作をやめる方向だったそうです。
それを避けたかった友人が、お前が社長になってグレゴリーポーターを引っ張って来いと言い、
ドンが了承したのが始まりでした。

LUQUID SPIRIT/ グレゴリー ポーター
2013年グラミー賞 最優秀ジャズボーカルアルバム受賞。
ジャズ界では異例の50万枚突破。
「グレゴリーポーター」の画像検索結果

[WIREDより、ドンのインタビュー]
Blue Note Recordsの創始者のアルフレッド・ライオンが1939年に書いたステイトメントが残っている。
彼はそこでBlue Noteのミッションを「オーセンティックな音楽を世に送り出すこと」と書いている。
ぼくが21世紀のいまBlue Noteにおいてやるべきは、まさにそれだと思う。
60年代の音楽を再生産することじゃなくてね。
そうやって果敢に新しいチャレンジをしたおかげか、2012年の売り上げは前年比で60%も伸びたんだ。

Blue Noteは創始者、アルフレッド ライオンとフランシス ウルフが
1939年に作ったジャズレーベルです。

アルフレッド ライオンとフランシス ウルフ
「アルフレッド ライオン」の画像検索結果

アルフレッド ライオンとソニークラーク
COOL STRUTTIN'の打ち合わせ

「アルフレッド ライオン」の画像検索結果

 
1986年初来日
第一回マウントフジ ジャズフェスティバル

「アルフレッド ライオン」の画像検索結果

 
ライオンは熱狂的なジャズファンで最初は貸しスタジオで
個人的な楽しみのつもりでレコーディングをし、数枚プレスして終わるつもりだったが、
あまりに出来が良かったので市販することにしたのが始まりでした。
ライオンは私財を投げ打って、特に人種差別をうけていた黒人の無名のミュージシャンを
次々と起用してアルバムを作りました。
ライオン自身もドイツ系ユダヤ人でナチスドイツの迫害を逃れて
アメリカに移住しています。
セロニアス モンク、ホレス シルバー、ハンク モブレー、ルー ドナルドソンなどの
初リーダーアルバムを作り彼らを育てあげていきました。
商業的にはかなり厳しくて、ミュージシャンと同じような生活を繰り返していて、
とうとう健康を害してしまい、自身の分身でもあったBlue Noteを
1966年にリバティレコードに売却しました。
「リバティレコード」の画像検索結果

ライオンは何十年間もその時代ごとに一番革命的なアーティストと契約してきた。
我々もそれを心がけていかなくてはならない。 (ドン談)

ドンが就任後、彼はウエイン ショーターをBlue Noteに呼び戻し、
ジャズの王道を歩み続けることを宣言。
一方ではヒップホップ世代のホセ ジェームス、ロバート グラスパー、
日本人トランペッター黒田卓也など新しいミュージシャンと次々と契約。
Blue Noteの最大の武器は本物の才能を見抜く感性で、
ドンはジャンルの壁を超えたロバートグラスパーの才能を引き出し、
ジャズミュージシャンで初めてR&B部門でグラミー賞を受賞させ、ジャズの可能性を広げました。

ウェイン ショーター
「ウェイン ショーター」の画像検索結果
 

ホセ ジェームズ
「ホセ ジェームス」の画像検索結果
 

BLACK RADIO/ ロバート グラスパー
アカデミー賞受賞作品
「ロバート グラスパー」の画像検索結果

ドンもライオンと同様に人種差別に偏見を持っていて、
パナマ人の父を持つホセ ジェームス、日本人の黒田卓也などと
契約するのも肌の色ではなく、彼らに本当の才能を見抜いたからです。

まだまだBlue Noteについて書くことが尽きないのですが、
最後に熱烈なジャズファンだった創業者フレデリック ライオンの意思を持った
ドン ウォズが21世紀の新しいBlue Noteを全世界の音楽ファンを魅了していくことと思います。
「ドン ウォズ」の画像検索結果
 

もっとも大事なのは、常にファンであること。(ドン 談)
            (画像、インタビューは引用)

THELONIOUS MONK

Writed by 伊知地 伸夫November 22,2017

THELONIOUS MONK

2017年はセロニアス モンクの生誕100年の年です。
たくさんのミュージシャンがMONKのトリュビュートアルバムを発表しています。
「セロニアス・モンク画像」の画像検索結果

「セロニアス・モンク画像」の画像検索結果

彼は1917年生まれで40年代後半チャーリーパーカーや
ディジーガレスピーらと共にジャズの発展に尽くして、
50年代には他のミュージシャンにも多くの影響を与えました。

僕は初めてモンクを聴いた時はピアノが上手いのか下手なのか分からず戸惑いました。
個性が強すぎて、なかなか評価されない時代が続きます。
ピアノを弾くというより、鍵盤をパーカッションのように
叩くような弾き方や予測不可能なメロディが逆に魅力的です。

エピソードも沢山あります。一番有名なのはMILESのアルバム「 BAGS GROOVE」での共演で
MILESと喧嘩(事実は諸説ありますが)してテーマ曲のBAGS GROOVEでは
MILESのソロパートになったとたんにピアノを弾かなくなるMONKが聴けます。
同じ日の録音でMILES DAVIS&MODERN JAZZ GIANTSに入っている
The Man I Love(take2)ではピアノソロを途中で止めてしまい、
ベースのパーシーヒースとドラムのケニークラークの慌てている様子(僕の想像ですが)、
マイルスが助け船を出す姿が聴けてその場の緊張感が伝わってきます。

「miles davis」の画像検索結果
「miles davis」の画像検索結果

僕が一番最初に買ったモンクのレコードはThelonious himself (RIVERSIDE)で彼のソロアルバムです。
買ってから40年ぐらい経ちましたが、今だに愛聴盤の1枚になっています。(途中CDになりましたが)
このアルバムを聴いていると、何故か時間が止まっている感じがして、安らかな気持ちになります。

MILESグループを首になったコルトレーンと半年間ライブを行い作ったアルバム、
THELONIOUS MONK with JOHN COLTRAN (この共演でコルトレーンは自らのサウンドを手に入れた)や
ジョニーグリフィンとのファイブスポットでのライブアルバムなど数多くの人気盤がありますが、
このソロアルバムでは他の人々に気兼ねしないで、自由奔放にピアノを弾きまくっているMONKがいます。
やっとこの頃から評価が高まり始めて行きます。
「セロニアス・モンク画像」の画像検索結果
「セロニアス・モンク画像」の画像検索結果
「セロニアス・モンク画像」の画像検索結果

1964年にはTIMEの表紙まで飾っています。
「セロニアス・モンク TIME表紙」の画像検索結果
「セロニアス・モンク TIME表紙」の画像検索結果
かねてから奇行が目立っていましたが、晩年は躁鬱病にかかり
70年代前半には活動をやめてしまいました。
82年に脳梗塞で亡くなるまで数回しか演奏をしなかったそうですが、
彼の楽曲は今でも沢山のミュージシャンに演奏されています。

MONK's Playhouse (Various Artists)
「セロニアス・モンク  WONK」の画像検索結果
山中 千尋
「セロニアス・モンク  山中千尋」の画像検索結果
JOHN BEASLEY
「セロニアス・モンク  山中千尋」の画像検索結果

       (写真は全て引用)

25歳で逝った天才

Writed by 伊知地 伸夫November 03,2017

クリフォード ブラウン

「クリフォードブラウン」の画像検索結果

テナーサックス奏者、作曲家ベニーゴルソンの作品に
I Remember Cliffordと言う曲があります。
この曲は25歳で亡くなった天才トランぺッター、クリフォード ブラウンを偲んで
ベニー ゴルソンが作曲したバラードです。
ベニーゴルソンとリーモーガンがブルーノートに残したアルバム LEE MORGAN vol.3で
聴くことができ、リーモーガンの吹く悲しく切ないメロディが心に響く名曲中の名曲です。

1956年、マックスローチとコンボを組み活躍して最中の事故で
同僚のピアニスト、リッチーパウエルとその妻と3人で公演地に向かう途中の自動車事故で即死でした。
デビューが1952年ですから、たったの4年しか活躍していないのに
ブルーノート、エマーシー(マーキュリー)などに沢山のアルバムを残しました。
「クリフォードブラウン」の画像検索結果
クリフォード ブラウンは天才と言う言葉がぴったりなトランぺッターです。
幅広い音域、天才的なテクニック、歌心のあるアドリブ、そして練習熱心で
誰からも愛される温厚な性格だったそうです。
ブラウニーと言う愛称で呼ばれていた彼はジャズミュージシャンに付き物の
ドラッグにもまったく縁がない真面目な人でした。
あのMILESもブラウニーに一目置いている存在でした。

エマーシーから出ているマックスローチとの双頭コンボでのブラウニーのスリリングな
トランペットとマックスローチのダイナミックなドラムは天下一品です。
「クリフォードブラウン」の画像検索結果
女性ボーカルとも共演していてヘレン メリルやサラ ボーンと
名盤を残しています。
「クリフォードブラウン」の画像検索結果
「クリフォードブラウン」の画像検索結果
お馴染み、ヘレン メリルのYou'd Be So Nice Come Home To、
サラ ボーンのLullaby of Birdlandの聴けるこれらのアルバムでは
ブラウニーのサポートに徹した控えめな演奏とソロになるとブラウニー節が
全編に響き渡っています。
「クリフォードブラウン」の画像検索結果
仮にクリフォード ブラウンが事故死していなかったら
ジャズ界は大きく変わっていただろうと言われています。
天才トランぺッター、クリフォード ブラウンは永遠に多くの人に
愛され続けて行くことでしょう。
(写真は全て引用です)

ART PEPPER

Writed by 伊知地 伸夫October 18,2017

僕がジャズを聴き始めた頃には、僕の好きなミュージシャン達は
ほとんどが亡くなっていて、リアルタイムで見聞き出来た
ジャズジャイアンツは多くはいませんでした。
高校時代になりますが、アートペッパーのLIVING LEGEND(1975年)が
発売された時のことは今でも覚えています。


ART PEPPER
「art pepper」の画像検索結果
麻薬中毒により50年代後半の活躍を最後に何度も刑務所を行ったり来たりで
60年代後半は薬物中毒更生施設に入っていて、出所後の復帰アルバムでした。
ですから1960年を最後に15年ぶりのリーダーアルバムだったのです。
僕は当時アートペッパーはとっくに亡くなっていたと思っていたので
凄く嬉しくて毎日のようにこのレコードを聴いていました。
当時のスウィングジャーナルでも大々的に特集していたのを覚えています。
この頃のアートペッパーはコルトレーンの影響を受けていて、
彼本来の音とは違い、巷では賛否両論が出ていましたが、
僕にはどうでもよくて復活したことが嬉しかったのでした。

LIVING LEGEND(1975年)
「art pepper」の画像検索結果


彼本来の音は、カルフォルニアの晴れた青い空で小鳥がさえずっている風景を連想させ、
得意のブルースを奏でる時は哀愁の漂う泣きの音色が魅力です。
代表作は1956年~57年にほとんどが録音されていて、
最高傑作と言われているモダンアート(1956)、マイルスのリズムセクションとの共演の
人気盤のミーツ ザ リズムセクション(1957)、ベサメムーチョが入っている
ザ アートペッパー カルテット(1956)などが有名でこれらのアルバムは
ジャズファンなら必ず持っている定番中の定番です。

MODEN ART 
「aアートペッパー」の画像検索結果
  
ART PEPPER meets The Rhythm Section
「aアートペッパー」の画像検索結果

The ART PEPPER QUARTET
「aアートペッパー」の画像検索結果



後年の彼は精力的に活動して数多くのアルバムを残しました。
リーコニッツやソニースティットともアルバムを作っています。
そのどれを取っても甲乙つけがたいのですが、
僕は1978年に出したAMONG FRIENDS(再会)がおすすめです。
このアルバムはモダンアートで共演した旧友ラス フリーマン(ピアノ)との再演です。
ラス フリーマンはお馴染みのチェットベイカーとも数多くのアルバムを残しています。
アートペッパー自身がラス フリーマンと再演したいと言い、彼を選びましたが
彼は13年間ジャズから離れていて、この話を断っていました。
何度も何度も熱心に頼み込んだ結果、クラブに出演していた
アートペッパーの演奏をわざわざ聴きに来て共演を決めたそうです。
よっぽどアートペッパーの演奏に説得力があったのでしょうか?
ドラムにはアートペッパーが苦しんでいる時に力になった
シェリーマンが務める予定でしたが、スケジュールが合わず
これまた旧友のフランクバトラーが担当することになりました。

曲目は思わずニヤリとしてしまう、ブルーボッサ、ベサメムーチョなど
僕の大好きな名曲ばかりと今回の為に書き下ろした再会などです。
50年代の絶頂期の頃と同じ曲を聴き比べしても面白いかと思います。
円熟味のある演奏が聴くことができます。

RUSS FREEMAN

「ラスフリーマン」の画像検索結果
(写真は全て引用)
   
   
            
そんなアートペッパーも1984年に帰らぬ人になってしまいました。
今回のブログを書くにあたって、僕が持っているアートペッパーのアルバムを
全て聴き直しましたが、改めてアートペッパーの良さを再認識させられました。
ついつい口ずさんでしまうほど、魅力的な音色ですので皆様も是非とも聴いてみて下さい。

Harlem Nocturne

Writed by 伊知地 伸夫September 29,2017

正統派ジャズしか聴いていなかった僕にとって
1981年発表のTHE LOUNGE LIZERSは
天と地が逆さになった衝撃的なアルバムでした。

THE LOUNGE LIZERS

「ラウンジリザーズ」の画像検索結果

このアルバムが発売された当時はジャズ喫茶にどっぷりとハマっていて
ジャズは黙って聴くものだと思っていました。
僕にとって、このアルバムはまさにパンクであって
身体を激しく揺らして聴いていた記憶があります。
ジョン ルーリー、アート リンゼイなど80年代を代表する
NYアンダーグラウンドのミュージシャン達が集結して
当時フェイクジャズと呼ばれたパンク、ニューウェーブ、ジャズを
MIXしたようなアルバムです。
俳優でもあるジョン ルーリーのアルトサックスとアート リンゼイの
破壊的なギターが何とも言えない味わいを出していました。

「NY CGBG」の画像検索結果 

アンダーグラウンドの聖地
 80年代NY CBGB

「NY アンダーグラウンドCGBG パンク」の画像検索結果

THE LOUNGE LIZERS

「ラウンジリザーズ」の画像検索結果

僕はこのアルバムの2曲目のハーレムノクターンが大好きなんです。
ジョン ルーリーのエロティックなサックスがいい味を出しています。
元々はジャズのスタンダード曲で、エリントンを始めソニースティットなど
多くのジャズメンが演奏をしています。
でもこの曲に限っては、ジョンルーリーやジャズジャイアンツはもちろん好きなんですが
僕は昭和のお父さんの定番サム テイラーのテナーサックスの方がもっと好きなんです。
鳥肌ものですよ。
皆様もYouTubeで是非とも聴いてみてください。 

「サムテイラー ハーレムノクターン」の画像検索結果
サムテーラーはジャズとはちょっと違うムード音楽の第一人者です。
日本の昭和歌謡大全集なんかも出しています。
サムの吹く骨太のハーレムノクターンから猥雑な昭和のエロスを感じるのは
僕だけでしょうか?

「サムテイラー ハーレムノクターン」の画像検索結果
話が逸れますが、エロさではキューバのマンボの王様
ペレス プラードのタブー(加藤茶のちょっとだけよの曲)に
匹敵すると思っています。

ところで、ペレス プラードのお洒落にはいつも感心させられています。
お洒落ですよね。
日本のクールビズのだらしなさに比べ、LOUNGE LIZERS、
サムテーラー、南国キューバのペレスさんのようにタイドアップした方が
よっぽど涼しげでCOOLだとは思いませんか?

「ペレスプラード」の画像検索結果

「ペレスプラード PLATINUM BEST~SELECTION」の画像検索結果

「ペレスプラード PLATINUM BEST~SELECTION」の画像検索結果

(写真は全て引用)

RAHSAN ROLAND KIRK

Writed by 伊知地 伸夫September 08,2017

ラサーン ローランド カーク
JAZZの世界でも、日本ハムの大谷翔平のようなマルチ奏者が数多く活躍しています。
その中でも僕が大好きなミュージシャンはエリック ドルフィー、ユセフ ラティーフ、
サシブ シバブなどです。
そして賛否両論がありますが、盲目のマルチ奏者ローランド カークも大好きです。
彼が凄いのは三刀流、四刀流は当たり前、そして目が不自由なこと。
晩年は半身麻痺になっても楽器を改造してまで演奏を続けていたこと。
エリック ドルフィー 1964年死没
独特な流れるようなアドリブが魅力。
ブッカーリトルとのファイブスポットライブは圧巻。

IMG_2523.JPG

ユセフ ラティーフ 2013年死没
オーボエをジャズに取り入れ、巧みに操り、何処かエキゾチックな演奏が特徴

IMG_2371.JPG

サシブ シバブ 1986年死没
ラテン系サウンドが魅力で、今でもクラブDJに大人気。

IMG_2372.JPG

ローランド カーク
WE FREE KINGS 1961年
若々しく、正統派ジャズを聴くことが出来る。

IMG_2369.JPG

THE INFLATED TEAR 1968年
僕の大定番。
1曲目 The Black and Crazy Bluesはローランド カーク的な葬送行進曲です。

IMG_2375.JPG

人によってはゲテモノ、邪道と言う人がいて、正統派ジャズファンにはまったく受け入れられていなかったローランド カーク。
一度に3本のサックスを口に含んで演奏したり、鼻でフルートを吹きメロディを奏でる彼は大道芸人と言う言葉がぴったりなミュージシャンだと
思っていました。そんなこんなで全く聴くチャンスもなかったのですが、80年代後半ジャズに飽きた時期に試しに聴いてみてビックリ仰天!!
メロディが美しいんです。素晴らしいんです。何とも言えないんです。ジャズ、ブルース、ロックの魂が聞こえた気がしました。
是非とも風評を無視して一度トライしてみてはいかがでしょうか?
ジャズに囚われない、もっと大きな世界観が訪れますよ。

IMG_2377.JPG

IMG_2379.JPG

IMG_2380.JPG

写真は全て引用

Blogger

中野 香織

エッセイスト/服飾史家/
明治大学特任教授

吉田 秀夫

”盆栽自転車” 代表

長谷川 裕也

"BOOT BLACK JAPAN" 代表

山本 祐平

”テーラーCAID” 代表

伊知地 伸夫

”FAIRFAX” TRAD部門ディレクター

慶伊 道彦

”FAIRFAX” 代表取締役

Recent entries

Monthly archive

1