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長谷川 裕也

長谷川 裕也

"BOOT BLACK JAPAN" 代表

"日本の足元に革命を" と、東京/青山に、Brift H(ブリフトアッシュ)をオープン。
靴磨きの高い技術は勿論、BARのごときカウンター越しに
シャンペンを振る舞い会話をしながら磨くという新しいスタイルを打ち出す。
彼を慕うシューシャイナー(靴磨き職人)の集団と、足元に革命をおこす。

靴磨き@Italy2

Written by 長谷川 裕也December 25,2015

Merry Christmas!!

皆さんクリスマスはどうお過ごしですか?わたくし靴磨きサンタは今日もトナカイの鼻のように靴をピッカピカに磨き上げております。

とまあ、この時期になりますともう年末という事で今年一年を振り返ることが多くなりますね。

平成27年、今年の漢字は「安」だそうですが、個人的には「伊」でした。

6月に初イタリアで社員研修で靴磨きを各所でしてまいりました。

そのご縁で11月にフィレンツェを代表するシューメーカーStefano BemerのトランクショーをBrift Hにて行いました。

その他にもMANNINAやIL MICIOなど、フィレンツェの素晴らしいシューメーカーのお店で靴を磨かせて頂き「靴磨き職人で良かったー!」と心から思いました。

帰国後は、お客様にも「なんか皆ちょっとオシャレになったんじゃない?」なんて言われてしまって、かなり影響受けたのが出ていたようです。

僕なんかいつもヘアスタイルが七三でしたので、フィレンツェでは毎回「ニイハオ」って挨拶されていました。なのでイタリア滞在中に七三卒業しました。今は六四です。

そんな小さな変化がうちのメンバー一人一人に起きたのだと思います。

もう半年過ぎてしまいましたが、懐かしみながらフィレンツェでの靴磨き修行のIL MICIOの模様をご紹介させて頂きます!

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かの有名なポンテベッキオを背景に走るクラシックカー。なんて絵になるんでしょう。

この日のフィレンツェは34度くらいあって真夏の日差しがきつかったのですが湿気がない分過ごしやすかったです。

ローマと違い街が綺麗で「イタリアに来た~!」って心躍る場所、フィレンツェです。

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早速IL MICIO(イルミーチョ)の店内に入って靴の写真です。

オーナーの深谷秀隆さんは、日本人で初めてイタリアでビスポーク(フルオーダー)のお店を靴職人でありアーティストです。

深谷さんは怖いので(根はとっても優しい)写真撮るのも躊躇してお店の外観も撮らずに靴の写真ばかり撮ってしまいました。

こちらはIL MICIOのソール(靴底)ですが、分厚い鉄がカカトの外側にはめられています。通常はラバーが貼ってある事がおおいのですが、IL MICIOではビスポークらしく鉄や革だけのヒールが多くみられます。

そして細かいのですが、ソールに施されている模様がとても美しいです。鉄の周りにも細かくウィールを当てて柄が入っています。この辺りがアーティストと呼ばれる所以ですね。

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工房に並べられた靴達。

素晴らしい靴の数々を朝から晩までがっつり磨かせて頂きました。至福の時です。

途中近くのレストランで小休憩を取りつつ、最後の方はかなりぐったり体力を消耗しきっての靴磨きになりました。

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こちらが磨き終わっての記念撮影。

写真右が深谷さん、真ん中がうちの職人で嶋香、あと左がわたくし長谷川です。

一日IL MICIOの工房で靴磨きしていたのですが、途中鞄のデザイナーさんが入ってきて白ワインを飲みながら深谷さんと今度のピッティでの展示会で出す新しいデザインについてあれこれ議論を交わしていました。

フィレンツェは職人の街だと言われてますが、まさしくそうだな~と感じました。

革関係だけではなく、宝飾など色んな職人さんが集まる街だからこそ生まれるデザインや物がここにはあるのだと感じました。

深谷さん自身も、フィレンツェじゃなかったら靴はやらない。というほど物作りには素晴らしい環境のようです。

IMG_3640.JPG

その日の夜は美味しいワインバーでお食事をご馳走頂き。翌日はフィレンツェ探索をしました。

写真はフィレンツェ大学の正門の写真です、HEHEっていう落書きが良いですね。まさしくイタリアという国を表現されていると思います。

正直、イタリアには革靴を綺麗にしている人があまりいなく、また靴磨き屋もほとんどおりませんでした。

靴磨きというビジネスはイタリアでは難しいかな~と思いますが、色々な靴屋さんでの靴磨き体験はとても良い経験となりました。

イタリア人のセンスの良さは、歴史的な建造物や素晴らしい美術品、美しい街並みとあの抜け感というか雑な感じというかローマの地下鉄的な要素が入って生まれるのだと思いました。

また行きたいなイタリア。いや、でも次はニューヨーク研修だ~~!!

靴磨き@ITALY

Written by 長谷川 裕也July 06,2015

皆さんこんにちは。靴磨き職人の長谷川です。 

我々Brift Hのメンバーは日々、皆様の靴を磨きあげることに魂を燃やしております。

 

ただあまりに没頭しすぎると世界が狭くなり「自分が何の為に靴を磨いているのか。」

分からなくなってしまいます。

時には違う環境で、自分が普段している事をすると新しい視点で物事を捉えられるようになったりするものです。

 

皆のモチベーションアップの為にも海外研修をしよう!

俺たちの技術が世界で通用するのか勝負しようではないか!

 

という訳で、2店舗を8日間閉店して全7名で行ってきました。イタリア。

 

Brift Hの靴磨き@ITALY

 伝説の靴屋GATTO.JPG

※写真はローマ組の4名。

3グループに分かれて、ミラノ、ローマ、フィレンツェで靴を磨いてきました。

【詳しくは】

ミラノ : Be Houseという紳士服や靴のイベント会場

ローマ : G.MARINI(ローマで一番老舗の注文靴屋)&ローマ三越店(開店40周年記念イベントとして)

フィレンツェ:IL MICIO(深谷秀隆氏の注文靴屋)&STEFANO BEMER(フォーシーズンホテル店にて)&MANNINA(本店&工房にて)

 

と色々な所で日本人の靴磨き魂で磨いてきました。

 

その中でもわたくし長谷川がお世話になったのはG.MARINIとIL MICIOの2店舗です。

 

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まずG.MARINIは今3代目のカルロ・マリーニ氏を筆頭に4代目アントニオ・マリーニ、そして影の立役者である古幡雅仁さんの3名で切り盛りしています。

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靴はとてもローマ的です。ショートノーズでセミスクウェアトゥ。ソールは地面に水平に沿っており地味ながら上品な靴です。

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当日はお客様からの預かった靴13足と展示品の靴を片っ端から磨かせて頂きました。

 

特筆すべきは、ローマの注文靴屋がよく使うリャマの革です。

リャマは独特なシボ感が特徴で、肌触りはとても柔らかく履いた時にもストレスを感じない軽い履き心地です。

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※手元ドアップ写真。ちょっと変ですがね、、、、

この革は磨くときもちょっとした工夫が必要です。

普通のカーフ(仔牛の革)と同じように磨いてしまうとクリームの跡がシミのようになってしまいます、それだけデリケートだという事です。

なのでクリームを塗り込む際はブラシで一気に全体をブラッシングします。

一緒に磨いたニューカマー清水もなかなか普段磨く事がないリャマの革に感動しておりました。

 

夕方からはドバイからVIPが来店されるという事で、その接客もちらほら拝見。

最近のイタリアは不景気の為、イタリア人のオーダーは少なく、ほとんどが海外からのお客様の受注だと言っていました。

このドバイのお客様も、最初はベネチアに呼ばれ、その後ドバイまで呼ばれ、今回初の来店だという事でした。

※もちろん旅費交通費は全てお客様持ちとの事、流石です!

 

なかなか見れないスミズーラの納品現場はとても新鮮でした。

 

夕刻に靴磨きは終了。

 

その後はずっと靴磨き中気になっていた隣のシャツ屋さんでお買い物。

靴下などオシャレな物が多く、結局シャツとホーズソックスを買わせて頂きました。

IMG_3350.JPG 

丁度その日がオーナーのお誕生日だったらしく

「わざわざ日本から貴女の誕生日をお祝いに来たんだ!」

と冗談を言ったら、少しおまけしてくれました。さすがラテンの国。

 

その日はお肉で打ち上げをして、翌日はフィレンツェへと移動しました。

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ローマの歴史ある街並みと、汚い道路と暗く不穏な空気の流れる地下鉄に乾杯!

 

フィレンツェ編は次の機会に。

 

長谷川

Shoeshine Life2

Written by 長谷川 裕也January 30,2015

かなりお久しぶりな更新となってしまいました。

本日の東京は久々の大雪。こんな日は皆様どんな靴を履いて出かけられますか?

悪天候の日、僕はもっぱらパラブーツを愛用しております。元々登山靴から始まったブランドなだけあって悪路に強い頼れる相棒です。

靴こそ本当の意味で"人生を共に歩んでいく相棒"だと思っています。

良い靴は手入れと修理を繰り返しながら長く履けるのは、このサイトを見られている紳士の皆様はご存知だと思いますが、その象徴とも言うべき写真がこれですよね。

チャールズ皇太子のJohn-Lobb.jpg

この継ぎ接ぎだらけのエナメルシューズ。

世界有数のウェルドレッサー、チャールズ皇太子の靴です。

20歳の時にロンドンのJOHN LOBBでビスポークしてから、なんと40年間以上も履き続けているという靴。

痛んだ部分は同じ革でパッチで補修しながら履き続けている愛靴。

チャールズ皇太子くらい裕福であれば、なんの躊躇いものなく新しい靴を作ってしまいそうですが、そうではなく補修しながら大事に履いていくこの精神。正しく英国紳士ですね。

恐らく死ぬまでお履きになるのでしょう。

これぞ"人生を共に歩む相棒"です。

このパッチでの補修からインスパイアされて当店でもパッチでの靴の再生技術を行っています。

その名もチャールズパッチ!(そのまんまやないか!)

まずこれがヒビ割れしてしまった靴。

チャールズパッチB.jpg

ヴァンプ部分が細かいヒビ割れだらけです。

この部分に新しく革を上から被せてから穴飾りも再現して縫うと。。。

チャールズパッチ1.jpg

こんな感じでヒビ割れも分からなくなりました。

チャールズ皇太子の継ぎ接ぎとは違い、ヒビ割れしたパーツ全てを上から覆っていますのでより高度な技術が求められます。

やっぱりこの辺の感覚が日本人的なんだな~と思います。悔しいですが継ぎ接ぎが似合う英国紳士にはまだ程遠いです。

靴磨き職人とは、靴を磨くだけにあらず。

靴を再生するために、もてる技術と知識と色んなコネクション(超絶的な技術を持つリペアの職人など)を一足に注ぎ込んで靴を復活させる職業だと思います。

これまでの靴磨き職人の枠を超えた、靴の蘇生人として日々精進してまいります。

本日の大雪。きっとお客様は少ないでしょう。こんな時こそアトリエに籠ってじっくり靴達を向き合って参ります。

shoeshine Life

Written by 長谷川 裕也May 09,2014

僕が靴磨きを初めて10年ほど経ちます。

10年前に東京駅の路上で始めた頃はまだ東京駅、新橋駅、銀座の電通通り、蒲田駅、浅草駅、池袋東口、新宿靖国通り沿い、渋谷のマークシティの前、日本橋高島屋横・・・・など沢山の靴磨き屋さんが路上で営業されていました。

靴磨き屋さんなんて見たことのない田舎者の僕は、頭の中でイメージする姿そのままに、100円ショップで買いそろえてセットを持って友人と「靴磨きと言えば、ビジネスマンが磨くもの、じゃあビジネスマンはどこにいるのか。。。それはやっぱり東京駅でしょ!そうだ丸の内だ!!」という様な単純な発想から初日は東京駅丸の内で靴磨き屋さんを友人を誘って始めました。

近くには丸の内北口前に長年靴磨き屋を営む大先輩方が4,5名並んで毎日沢山のお客さんの靴を磨いています。

当時一足500円。

どんな時代も路上の靴磨きは、タクシー初乗り料金とほぼ一緒という鉄則があったようで、確かその頃のタクシーは初乗り600円くらいだったような・・・

ともかく、そんな大先輩方の牙城である丸の内に突然現れた靴もろくに磨けない無謀な若者二人。

それでも初日の売り上げは、朝8時くらいから粘って粘って夜の10時くらいまで磨いて7000円!!

もうその時の感動というか、達成感たるや、、、それまでの人生の中で一番の大インパクトでした。

 

そこから靴磨きの魅力に取りつかれ、数々の靴磨き職人に磨いてもらい、自分で革や道具など研究し、大量に購入した中古革靴で色々な実験を重ね、今に至ります。

勝手に靴磨き職人日本代表だと思っておりますので、皆様これからどうぞよろしくお願いします。

(自己紹介長くてすいません!!)

ブログ用.jpg

※2010年John Lobb Londonの工房にて靴磨き。

そんな僕ですが、靴磨き職人の地位向上の為に今まで色々なことをしてきました。

ふとある日、靴磨き職人という職業はいつくらいからあるのだろうかと気になって色々と調べたことがあります。

皆さん、靴磨き屋っていつからいると思いますか??

僕の調べた限りですと、最初に当時の新聞に掲載され確認出来ているのが下の写真のような靴磨き屋です。

09110611_P1010754.jpg

明治時代の街頭靴みがき

『国民新聞』(明治二十四年七月十日付け)

◎靴みがき・・・・・街頭を呼び歩きつつ到る所にて、ごしごしやるなり。故に途上ぬかるみに踏み込みても、この大旗さしかざしたる御大将に逢えば、たちまち濯々たる新らしき靴となすを得べし。」

 

斬新!!

当時は店を構えるほどでもなく、街中を歩きながら道行く人に声をかけてその場で磨いていたとの事。

これを現代で始めたら面白そう。。。

こういう古いスタイルって、時代が経つと最先端になりうると感じます。

サンフランシスコ.jpg

『国民新聞』(明治26年6月7日付け)

桑港街(サンフランシスコ)の靴磨き

 

その2年後の国民新聞の記事。

同時期なのに上の写真とは大違いの靴磨き。

さすがアメリカ!!!!

今のスタイルとほとんど変わってません、大きい椅子にデンと座って磨いてもらう通称「王様スタイル」はこんな昔から確立されていたのですね。

アメリカ恐るべし。。。

と少し時が経つと、靴磨きマシーンが世に出てきました。

「都新聞」明治30年3月28日 靴磨き機.JPG

 『都新聞』(明治30年3月28日付け)

◎磨靴器械(図解)・・・・・この図に示す所の磨靴器械はカナダ人が近頃発明して専売免許を得たるものなるが、その仕掛はロールの下に一條の紐あり。靴墨を吸収せしめたるものを之に附す。又器械の両端に柄あり、手を以って之を動かせば靴磨けて美麗となる。」

 

いつの時代も人は楽をしたいものなのですね。

カナダ人が作ったというのもなんだか興味深いですが、果たしてどのくらい売れたのでしょうか。

 

こうやって時代を遡ってみてみると、靴磨きというのも興味深いものです。

ペリー来航から革靴が本格的に日本に入ってきて、日本の靴の歴史が始まりました。

最初は靴直しが世に出てきて、(草鞋職人が転職)その後の靴磨き。

明治初期~中期は革靴泥棒も多く、当時は今よりも革靴が大変高価なものだったので大事に履いていたと思われます。

ここ最近は、またスニーカーブームが到来しておりますが、その一因として革靴の高騰が多少はあるのではないかと思っています。

10年くらい前からすると、革靴の値段は1.5倍くらいになっており(メーカーによりますが)背伸びしても買えない値段になってきました。

逆にスニーカーは相変わらず安価で、しかもデザインもバリエーションも豊富で手軽にオシャレ出来ます。世のカジュアル化もスニーカーブームに拍車をかけてます。

ある意味このような状況から、昔のように革靴が高価な貴重ものとしてまた大切に履く人が増えると良いと思いますし、

それを僕たち靴磨き職人が価値ある仕事として存在出来るように技術を磨き続けていかなければならぬと思っています。

ということで、shoeshine lifeの第一回目はこの辺で。。。乞うご期待!

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エッセイスト/服飾史家/
明治大学特任教授

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