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恋愛よりも楽しいこと / ビル・カニンガム・ニューヨーク

Written by 中野 香織August 12,2016

残暑お見舞い申し上げます。外に出れば体温より高い猛暑、避暑地や交通機関は大混雑、人と話せば話題がポケGOとオリンピック、山積する原稿のテーマはといえば秋冬もののスーツやコートや異国の王室について。世の感覚と完全にずれてしまったこんな時のリラックスタイムには、社交を控え、引き籠ってDVD三昧もよいですね。そこで今日は、最近観たDVDのなかから、「ファッション」の観点から面白かったDVDのお話をしましょう。

まずは、ドキュメンタリー映画『ビル・カニンガム・ニューヨーク』。1960年代後半からほぼ半世紀近くもニューヨークのファッションシーンを撮り続けてきたビル・カニンガムが、今年6月、87歳で天寿を全うしました。フランスからは芸術文化勲章オフィシエを受勲し、ニューヨークでは「生きるランドマーク」に認定されるほど偉大な功績をもつ「伝説のカメラマン」のドキュメンタリーです。とはいえ、本人にそんな意識はなく、受勲のスピーチで「(写真は)仕事じゃない。好きなことをしているだけです」と屈託のない笑顔を見せます。

bill cunningham.jpg

ファッションが大好き。その純粋な思いだけでランウェイからストリート、パーティーまで広くカバーするスナップを撮り続けたビルの仕事は、結果として、ニューヨークのファッション文化人類学と呼ぶべき一大ジャンルを築き上げています。このドキュメンタリー映画は、そんなビルの、孤独なハンターのような仕事ぶりとともに、ニューヨークで新しいファッションが生まれる瞬間の空気感を、生々しく伝えてきます。

子供のように「好きなこと」を貫くための姿勢は、むしろ求道者のようにストイックです。バスもトイレも共用という狭い部屋に寝起きし、質素な食事をすませ、フランスの清掃員が着る青いジャケットを羽織り、首からカメラを下げて自転車に乗って街に出ます。パーティーでは水も口にせず、「無料の服」で着飾る有名人には見向きもせず、多彩な人種の微差を理解したうえでオープンに接し、審美眼にかなうものを追いかける。

そんな態度を貫くビルは、倫理的なジャーナリストの鑑であるはずですが、現代では、まっとうさを通す人が時に変人扱いをされることすらあります。
とはいえ、自由なスタンスでひたむきに写真を撮り続けた彼は、ニューヨーカーから、世界中から、敬愛されました。浮沈や人の移動の激しいファッション業界で半世紀も同じ仕事を続け、没してなお大きな尊敬を受ける一人の偉大な「変人」の記録としても高い価値のあるドキュメンタリーです。

私が最も衝撃を受けたのは、インタビュアーに恋愛経験のことを聞かれて「夢中になりすぎて恋愛すらしなかった」と答えているところ。まさかのヴァージン(とはかぎらないかもしれませんが、ほぼそれに近いかと思われます)告白。その後、週に一度、必ず教会へ通う理由を聞かれて、しばらく考え込んだ後、「人生を導いてくれるガイドとして必要」と答えたビルの表情に切なくなりました。仕事の喜びに輝くビルの笑顔が心を打つのは、他人にはうかがい知れぬ孤独との闘いを克服したあとの晴れやかさを重ね見るからかもしれません。

(真夏のファッション映画 続く)

 

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中野 香織

エッセイスト/服飾史家/
明治大学特任教授

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