ファッション史展で「開化好男子」に出会う
February 18,2016
文字通り嵐が吹き荒れたバレンタインデーが過ぎましたが、男性のみなさま、大切な方にはちゃんとお花を贈られましたでしょうか? 東京ではまだちらほらという感じでしたが、たぶん恋人や奥様のためであろう深紅の花を抱えた男性の姿も目に留まりました。花束を抱えた男性というのは、素敵ですね。服装のグローバルスタンダードを心がけるのであれば、ふるまいにおいてもグローバルスタンダードのいいところに合わせていくのがよいように思います(←男が、受け身でチョコを待っているのは日本だけ)。それに、あまり声高には語られていませんが、「スーツに花束」というのは、女性にとって萌え度が高いのです。その延長にあるのが、「イエス」の返事代わりに花束の中から一輪だけお返ししてボタンホールに挿す「ブトニエール」ですものね!
さて。2月14日を幸せに過ごした方もそうでない方も、春に向かうとはいえまだ少し肌寒いこの季節、ファッション史を学べる美術館デートに女性とお出かけになってみてはいかがでしょうか?。東京・世田谷美術館で開催中の『ファッション史の愉しみ』展。4月10日までなので、鑑賞のあと砧公園でお花見というコースもお勧めです。
ファッション史に関する膨大な量の書籍や資料を収集してきた石山彰(1918-2011)さんのコレクションの図版と、神戸ファッション美術館が所蔵する、18世紀以降の本物の衣裳を見比べながら、ファッションの推移を楽しく学ぶことができる、圧巻の展示です。
見どころを一点一点解説し始めるときりがないのですが、これはぜひ、一度はご覧になるべきと思われるのが、皇帝ナポレオンと皇后ジョセフィーヌの戴冠式の大儀礼服です。(Jacques-Louis David, Joséphine kneels before Napoléon during his coronation at Notre Dame. Photo from Wikimedia Public Domain )
1804年12月4日、パリのノートル=ダム大聖堂でおこなわれた皇帝ナポレオンと皇后ジョセフィーヌの戴冠式の絵ですが、ダヴィドによるこの有名な絵のなかで皇帝&皇后が着ている大儀礼服のリアル版がこちらなのです。神戸ファッション美術館をはじめて離れ、展覧会のために東京にやってきました。
(Courtesy of Kobe Fashion Museum)
ナポレオンとジョセフィーヌが実際に着用した大儀礼服のデザインは、ジャック・ルイ・ダヴィッドとその弟子イザベルによるものです。神戸ファッション美術館が、1993年から95年にかけて、2億円(!)かけて同じ素材とパターンを用い、同じ大きさで、本物に忠実に復元したのです。制作にあたったのは、当時の衣裳の刺繍をおこなった「メゾン・ピコ」の直系にあたる工房、パリの「アトリエ・ブロカール」。
真紅のベルベットのガウンには、金糸でミツバチの刺繍が施されていますが、これは不老不死、栄光のシンボルです。アーミン(白テン)の毛皮は王族のシンボルでもあります。トランプでは、ハートのキング、カール大帝だけがアーミンを着用(ただし、フェルメールの絵などでは豪商の所蔵品としても登場します)。高貴な毛皮です。
カタログには書かれていない情報を少しお話させていただきますと、実はこのナポレオンのマネキンは、「ロボット」なのです。下半身にモーターが仕込んであり、動いて、ジョセフィーヌの頭部に戴冠するという動作をします(下の写真左から3番目がナポレオン。黒い部分にモーターがあります)。そのためかなり重く、神戸から東京への移動もたいへんな手間がかかっています。残念ながら今回の展示では動いてくれないようですが。
このロボットマネキンをはじめ、展示衣裳を着るマネキンの全てを製作しているのが、神戸ファッション美術館の名物学芸員、浜田久仁雄さんです(下の写真、右)。顔は現代の俳優をモデルに作っているそうですが、ヒストリカルな衣裳を着せるときには、その時代に合ったヘアメイクを綿密に施しているそうです。衣装展では顔のないマネキンが使われることも多いのですが、このように生々しい顔をもつマネキンが着ることで、その服を着た当時の人々の心や時代背景にまで、より思いを及ぼしやすくなるように感じます。
(Courtesy of Mr. Kunio Hamada, Academic Staff of Kobe Fashion Museum)
そして美術展の面白さは、人生の面白さと同じように、予想外の出会いにありますね。まさかこの美術展で「開化好男子」たちに出会えるとは。水野年方が1890年に描いた「開化好男子」の絵の右半分。ポストカードになって販売されています。できればぜひ会場で、全体をご覧くださいね。
グローバル化をめざして洋装を取り入れた明治初期の好男子の装いが、テイルコートあり、フロックコートあり、詰襟の学生服あり、袴にゲタのバンカラ姿あり、着物あり......。和洋のバラエティに富んだ装いの好男子が一堂に会している光景は素敵だなあとしみじみ見入ってしまいました。こんな和洋の渾然一体もまたグローバルジャパンの魅力だと思えば、日本だけの「チョコ待ち男子」もアリかもしれませんね。好男子ぶりでは花贈り男子には到底かないませんが!
*Special thanks to Mr. Hamada, Academic Staff of Kobe Fashion Museum.