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クリップ・オン・タイの存在理由 その2

Written by 中野 香織December 27,2015

前回に続き、クリップ・オン・タイの話題です。

クリップ・オン型ではないですが、形がすでに完成している出来合いのタイであれば、1896年にアメリカで特許をとっていたタイがあります。ニュージャージーのマイヤー・ジャコボヴィッツという人に対して特許が与えられています。

ready made tie patent.jpg

(photo cited from patentyogi.com)


ジャコボヴィッツ氏の申請書類を読むと、この出来合いのタイは、「紙その他の堅い素材を使い、ステッチや裏地を省略することで、安価におさえる」ことを目的としています。このようなものを考案したくなるほど当時のタイは高価だったということでしょうか(この問題については機会をあらためて)。


では紐通しタイプではなく、今につながるクリップ・オン型はいつからあったのか......と調べてみましたが、明確な起源はいまのところ、はっきりわかりません。ただ、古着のマニアックな世界では、「ヴィクトリアン・タイ」と呼ばれているものがあります。


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("Victorian Tie" offered by the enthusiastic collector of distinct clothes, Mr. Shuzo Takanashi.  Photo by Kaori Nakano )

左が表、右が裏です。このクリップをボタンにひっかけて、着用するわけですね。現在のクリップ・オン・タイと異なり、ユニークなのは、結び目の脇に出る布までつけられていること。

実際にこの種のタイがヴィクトリア時代に着用されていたのかどうか、はっきりとわかる写真がいまのところありません。


ただ、これを見て得心がいったのは、バスター・キートンの「シャーロック・ジュニア」(1924)という映画のなかのVゾーンです。
buster-keaton-sherlock-jr.jpg(photo cited from pifva.org / buster-keatons-sherlock-jr)


1920年代のシャツカラーといえば、デタッチャブル・カラー。紙やプラスチック製まで登場した、つけはずし可能なシャツ襟が流行した時代です。汚れやすく痛みやすい襟だけ洗ったり取り替えたりしたいという需要に答えた、倹約目的で生まれたカラーです。このサイレント映画のなかのキートンのシャツ襟は、断言はできないのですが、目を凝らして見るに、紙製の襟ではないかと思われるのです。そこに明らかに唐突な形でついているタイ。上の写真のようなクリップ・オン・カラーの存在を知らなかったときには、襟の中に布を通すような仕掛けになっているのだろうかと思っていましたが、そうではなかったのですね。写真のような構造のクリップ・オン・タイをシャツの第一ボタンにひっかける。これがキートンのVゾーンの仕掛けでした。

この映画でのキートンは、犯人捜しのために室内にいた人さまのポケットの中にある<証拠>を調べていきますが、なんと自分のポケットに件のブツが入れられていた、という愚かな探偵もどきぶりを見せます。そんな間抜けな「シャーロック・ジュニア」を演出するVゾーンとして、このいかがわしさと安っぽさと手抜き感満載のVゾーンは、これ以上ないほどふさわしかったのですね。

そんなこんなの現在と過去のクリップ・オン・タイについて考えるのは、邪道とされているものの存在理由について考えるということでもありました。誰もが王道を行くことができればそれはすばらしいことですが、邪道にもなにかしらの切実な理由があって、生まれ、存在し続けている。主流の視点から見て「無用」とされるものにも、なにかしらの「用」がある。「無用」が存在できることでシステム全体も意外と強く生き残ることができる。そんなことをあらためて思い出しました。

<スペシャル・サンクス>

今回のクリップ・オン・タイの話題は、変態的な(ホメています)古着コレクターにして研究家であるパタンナー長谷川彰良さんが主宰した「絶滅古着研究会」での学びがインスピレーションになりました。ヴィクトリアン・タイをそこに持ってきてくださったのは、やはり偏狂な(ホメています)古着コレクターにして古着着装家である高梨周三さんです。当日はほかに服飾のプロである大西慎哉さん、川部純さん、若き女性テイラーのモリタ・トモさんも加わり、集合知を作り上げる感動を味わわせていただきました。クリップ・オン・タイの考察のヒントは彼らとの学びの中から生まれました。心より感謝申し上げます。

クリップ・オン・タイの存在理由 その1

Written by 中野 香織December 25,2015

ネクタイであれボウタイであれ、着るたびに結んで形を作ることが、王道ということになっています。タイを結び、ほどくという儀式的なプロセスにこそ、スーツを着ることの要諦があるのかもしれないですし、ほどけたボウタイのタキシード姿を拝めるチャンスが訪れるかもしれないと思わせてもらえるのは、女性にとってのささやかな幸せでもあります。幼稚園の卒園式のような出来合いのボウタイでは、セクシーな展開などあまり想像できませんものね。

というわけで、たとえ面倒でも、タイはいちいち結び、ほどくという手間を惜しまないのが、一般的には「正しい」。紳士服飾読本の類には、出来合いのタイの形のあまりにも整いすぎた様がよろしくない旨が書かれていることが多いように見受けられます。たとえば、アメリカのメンズファッションの権威、ブルース・ボイヤーは、『トゥルー・スタイル』(G. Bruce Boyer, True Style.  Basic Books. 2015)という著書のなかで、このように書きます。

「出来合いのボウタイは完璧すぎるのだ。あまりにも左右対称すぎるし、バランスがよすぎて欠点がない。こんなことはあまり言いたくはないが、そんな出来合いのボウタイは、あなたが服装に関してアマチュアであることをはっきりと示すサインなのである」

だから逆にいえば、結び方が多少下手で左右非対称になっていても、かえってそれはボウタイの魅力になるということでしょうか。

true style.jpg












とはいえ。服装に関して「アマチュア」でもかまわないと思う人も世の中には多いのも現実で、そんな世の中にはそれなりのさまざまな「正しさ」があります。立場や見方が変われば、「正しさ」も変わります。


たとえば、NYPD(New York City Police Department)ことニューヨーク市警察の警察官の制服のタイは、出来合いのタイをクリップでとめるだけの「クリップ・オン・タイ」です。

Clip-On_Tie.jpg  (Photo from Wikimedia Commons)


「NYPDブルー」(同タイトルのドラマもありました)と呼ばれる出来合いのタイを提供する現在のメーカーは、ボルチモアにある「ケンブリッジ・アパレル」。このメーカーが担当するよりもずっと前、少なくとも20世紀初頭からすでにクリップ・オン・タイであったそうなのですが、その理由は、安全面にあります。犯人と格闘するときにネクタイで首を絞められたりする危険を避けるため。なるほど、法の番人である立場を視覚的に示す必要と、その身を守るための安全面をともに考慮した結果、導かれた「正解」こそ、警察官のクリップ・オン・タイというわけですね。

NYPDBlue_S5.jpg (Photo from Wikimedia Commons)


そしてもう一つの例。学校の制服です。たとえば日本でいえば中学校ですが、イギリスのエセックス州にあるコルム・コミュニティ・スクールの制服のタイは、クリップ・オン・タイです。学生の「健康と安全」を考慮して、クリップ・オン型のネクタイ着用が義務付けられています。出来合いのネクタイを着用することで、きちんとした見栄えを保ちながら、首を絞めすぎたり暑さで不快な思いをすることのないようにという、学校側の「正しい」配慮がそこにあるわけです。というか本音は、暑くなるとすぐに生徒たちがタイをゆるめるので、常に見た目を整えておくためには形が完成されたタイをつけさせておくのが手っ取り早い、というところなのかもしれません。

さて、この「正しい」配慮に関しては、ひとりの学生が抗議の姿勢を示しました。大人のように結んで仕上げるタイプのネクタイを着用していった結果、処罰を受けたことでちょっとしたニュースになりました。2013年2月のことですが、「校則を破った」ことで罰せられたマックス・リッチモンド君はこんなふうに語っています。

「ぼくはタイをきちんと結ぶのが好きだ。何世代も、人々はそうしてきたんだし、もし中学校でそれを学ばなければ社会人になってもできないままだ。それに出来合いのクリップ・オン・タイなんてつけていたら、他校との試合のときにまともに相手にされない。子供っぽいし、ばかっぽい」。


マックス君の主張はもっともなことに聞こえます。学校内における生徒の「健康と安全」に配慮した「正しさ」と、一般社会の慣習に則った「正しさ」を実践したマックス君。学校外の人間が自治にとやかく言うことはできませんが、処罰を恐れず自分が正しいと思うことを実践した彼の勇気をまずは讃えたい。

そんなこんなの物議をかもしながら、多様な需要に支えられて根強く存在し続ける出来合いのクリップ・オン・タイですが、いったいいつから存在するのでしょうか?

続きは次回に。

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