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服の価値を左右する大切な要素

Written by 中野 香織September 08,2016

みなさま、こんにちは。秋冬シーズンに突入し、売り場ではテイラードスタイルが目立つようになりました。

テイラードジャケットの着心地や美しさを決める要素として、カッティングやフィッティング、生地や仕立ての良しあしが、今日もあちこちで論じられております。しかるに、重要な要素でありながら、脚光を浴びる機会がやや少ないのではないかと思われる要素があります。

裏地 (lining)です。裏地に対する日頃の無関心を猛省し償うべく、今日は裏地をテーマにお話しさせてください。「表は地味な色だけど脱ぐと華やか」みたいな「裏勝り(うらまさり)」の話ではありません。「表は木綿だけど裏は絹」みたいな江戸時代の商人の粋の話でもありません。純粋に、裏地の素材についての話です。表からは見えませんが、洋服のプロと呼ばれる方々は、上着の表を見ただけで、あるいは表から少しさわるだけで、どのような素材の裏地を使っているのかがわかると言います。それほど、裏地は表にも影響を与えているのですね。

さて、みなさんのジャケットの裏地の素材表示をご覧ください。「キュプラ(cupro)」と繊維名が表示してあれば、それはポリエステルの3倍価格の上質な裏地です。(あ、「シルク(絹)」は別格です。)

このキュプラを生産する世界唯一の会社が、日本の旭化成です。旭化成はこれを「ベンベルグ(Bemberg)」と呼んでいます。キュプラは一般的な繊維の名前、ベンベルグは商品名、というわけですね。

そんなベンベルグ(キュプラ)の力を具体的に学べるミュージアムを訪れました。東京・神田神保町にある、旭化成プロデュースの「裏地ミュージアム」です。ベンベルグの製造過程から歴史、機能、用途、最新情報にいたるまで、着用体験を含めながら総合的に学ぶことができます。

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実は私もこのミュージアムに来るまで、ベンベルグの本当の原材料が何なのかを知りませんでした。コットンの種のまわりのうぶ毛(コットンリンター)であったとは!

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この天然素材に化学の力を加えることで、コットンのやさしさと化学繊維の機能をあわせもつ強力なベンベルグが生まれました。

FullSizeRender (72).jpg糸の製造は、完全に日本国内で行われています。製織・加工に関しては、国内のほか、一部、海外でもおこなわれています。たとえばイタリアに対しては日本で生産した糸を輸出していますが、製織~加工をおこなうのはイタリアの工場です。
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ベンベルグの機能のすぐれた点を挙げていきます。まず、湿気を吸い取って空中に吐き出す力が大きいこと。これは実際にミュージアムでの実験で確認できます。

次に、触れると冷感があるため、夏は涼しさを感じられること。

3番目、すべりがよいこと。ジャケット、とりわけ袖裏に使うと着脱がなめらかでエレガントになる上、重ね着も快適になります。

4番目、静電気を抑える効果があること。そのため、表地にほこりや花粉を寄せ付けにくくします。この点は私も驚きの発見でした。裏地に静電気が起きると、表地がほこりや花粉を吸着するんですね。ベンベルグ中の水分が静電気を逃がすので、これが起きにくくなるわけです。

5番目、冬場は暖かいこと。湿気を吸収するときに発生する熱エネルギーを逃がさない工夫をすることで、暖かさが生まれます。

さらに、本来、コットンから生まれているので、廃棄すると土に還り、環境にもやさしい。

FullSizeRender (143).jpg実際にミュージアムでは、同じ表地を使いながら、裏地の異なるジャケットを着比べることができます。ベンベルグを裏地に使ったジャケットは心地よく肌に接触し、動いてもジャケットがごわつかず、脱ぐ時ももたつかず、するするとセクシーに(!)脱ぐことができます。

FullSizeRender (142).jpgそんなことを体験してみると、裏地の異なるジャケットを比較したときに、どちらが上質な素材を使っているのか、表からだけ見ても少しはわかるようになりました。裏地の質が、表地の「着心地のよさ」の印象、上質感の違いを生んでいるのです。おそらく、「見ただけで裏地までわかる」というプロの目は、こうした知識と経験を積み重ねて養われていくんですね。

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ベンベルグは表舞台でも活躍しています。インドではシルクに替わるサリーの素材として。また飯田深雪さんのアートフラワーにも使われています。本物と見まがうこの花は、ベンベルグ製。

表からは見えない裏地ですが、それが服の着心地、耐用性、見え方、つまり服の価値そのものを変えてしまうほどの力をもつことを実感したミュージアム体験でした。人にもまた、表からは見えない裏地があるとすれば......それは生活習慣でしょうか。質を上げていくと、表の見え方まで変わってくるし、逆に見る目をもつ人が見れば、表だけ取り繕っていてもたちまち見抜かれてしまう。......なんてことまで考えさせられました。

IMG_3547 (2).JPGミュージアムの人気者、ベン・ベルグさんと記念写真。「イタリア人が考える日本人テイラー」をイメージした人形です。ファッションの勉強のために来場する女子高校生に「かわい~」と大人気とか。

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中野 香織

エッセイスト/服飾史家/
明治大学特任教授

吉田 秀夫

”盆栽自転車” 代表

長谷川 裕也

"BOOT BLACK JAPAN" 代表

山本 祐平

”テーラーCAID” 代表

伊知地 伸夫

”FAIRFAX” TRAD部門ディレクター

慶伊 道彦

”FAIRFAX” 代表取締役

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