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中野 香織

中野 香織

エッセイスト・服飾史家・明治大学特任教授

ファッション=時代と人を形づくるもの、と位置づけ、
過去2000年分の男女ファッション史から最新モード事情にいたるまで研究・執筆・レクチャーをおこなっている。
新聞・雑誌・ウェブなど、多メディアにおいて執筆しつづけて30年を超える。

スーツの袖口からシャツをのぞかせる理由 その1

Written by 中野 香織August 11,2015

みなさま、こんにちは。ご縁あって一年間にわたり本コーナーに書く機会をいただきました。
古代から来シーズンまでの男女ファッション史を研究する立場から、メンズファッションにまつわるささやかな発見や驚き、あるいは素朴な疑問などを、率直に書いていきたいと思っています。どうぞよろしくお願いします。

7月の上旬に、ボストン美術館のキモノウェンズデー中止事件がありました。
詳しい経緯は私のホームページに紹介してありますのでそちらをご覧いただければ幸いです。要は、キモノの海外マーケット開拓という目論見もあったキモノ試着イベントを、アジア系アメリカ人の抗議団体が妨害したのですね。日本の伝統文化であるキモノを、その本来の意味も十全に伝えず、適当に試着させて写真を撮らせるだけとはなにごとか、「帝国主義的、白人至上主義の人種差別であり、文化の盗用である」というのが抗議の理由です。

差別されてる意識などかけらももたない私たち日本人にとっては「はあ?」というピントがずれた理由でもあり、表向きの理由以上の政治的な理由もにおうので、ここでは複雑な議論はすべてとばします。

キモノ産業にとって死活問題となるのは、この事件を機に、良心的なアメリカ人が「キモノを着ることは文化の盗用にあたるのか?」と、臆してしまうこと。せっかくの海外マーケットがそんなことでしぼんでしまっては困りますよね。「文化の盗用などということはない!キモノは誰でも好きなように自由に着てよいのです」と国内キモノ産業に携わる方はアピールしました。

ひるがえって、ふと思います。西洋人がキモノを自由な解釈で着てよいのだとすれば、日本人だってスーツを自由な解釈で着てよいのではないか?寒冷な地域で完成したスーツの決まりごとを、なにゆえ亜熱帯の日本で遵守しなくてはならないのか? (おもに)イギリス人が決めたスーツのルールを、かたくなに「本場はこうだから」「世界基準になっているから」という理由で厳守しているほうが、はるかに、「帝国主義的(白人文化の優位を認める、こちら側の植民地根性まるだし)」ではないのか?と。

それを議論しだすと話が大きくなりすぎるのでここでは控えます。結果として、スーツは一定のルールがある一種の制服のようなものとして世界に普及してしまっていますし。とりあえずここでは、スーツをそのような特殊な世界服であるということを前提として受け止めたうえで、そのルールをめぐり、最近出会った興味深いエピソードをご紹介します。

スーツの着こなしにまつわるルールには、歴史の裏付けがあります。歴史を踏襲しているということ、そのことじたいがスーツの権威の根拠となっているんですね。
そんなふうに歴史をひきずるルールのひとつに「スーツの袖口から、下に着ているシャツの袖を約1.5センチのぞかせること」というものがあります。数値に関しては、諸説ありますが、とにかくちょろっとシャツをのぞかせる。これはなんのためなのでしょうか?


近代スーツがまだ生まれていない何百年間も前から、西洋世界の貴族や支配階級の方々は、男女とも、白い下着を上着の袖からのぞかせてきました。あるいは、あえて、白いカフスだけを手首にくっつけることさえしました。リネンの下着が財産目録に記録されるほど高価でしたので、それをわざわざ汚れやすい手元にもってくることで、「手元を汚す労働をする必要がない階級である」ことをわかりやすく示していたわけですね。Robert_Dudley_Earl_of_Leicester_attributed_to_Steven_van_Herwijck.jpgエリザベスI世の寵臣だったレスター伯ロバート・ダドリーの肖像。1560年ごろです。ダブレット、ジャーキン(ベスト状に見える上着)、そしてホウズ(ちょうちんブルマ状の半ズボン)が宮廷に行くときの正装。首元には糊付けされたラフ、手首にはリストラフ(カフスの前身)をつけています。Georg_Friedrich_Händel.jpg作曲家、ゲオルク・フリードリヒ・ヘンデル。ドイツ生まれですがイギリスに帰化しています。袖口には白いフリルがたっぷりあしらわれたシャツをのぞかせています。1749年ごろ。beau brummell this charming man.jpgそしてこれは19世紀初頭に誕生した近代スーツに、「ダンディズム」をもちこんだ男、ジョージ・ブライアン・ブランメル。より正確には、彼の生涯を描いたBBC4製作のテレビドラマ「ボー・ブランメル:かくも魅力的な男(Beau Brummell; This Charming Man)」からのワンカットです。冒頭に、スーツをゼロから着つけていくドラマティックなシーンがありますが、そのシーンでも、ブランメルは指の関節一つ分の幅のカフスを、上着の袖口から引っ張り出しています。ちなみにこの映画は2006年に製作されたなかなかの佳作なのですが、せめて日本語版のDVD発売を強く望みます! 

                                       
......≪To be continued......長い伝統をもつこのルールを裏付ける理由がどのように変わっていったのか? 次の記事で記します≫

(レスター伯とヘンデルの肖像画の写真は、ウィキメディア・コモンズより)

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