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ハンカチーフとポケットスクエア

Written by 中野 香織November 18,2015

ところ変わればマナーも変わります。日本人は人前で鼻をかむことを遠慮しますが、イギリス人は派手に音をたてて鼻をかみます。しかも鼻をかむのにハンカチーフを使います。使ったハンカチーフをどうするのかと観察していると、ズボンのポケットにしまったり、シャツの袖口(!)のなかにたくし入れたりしています。別に驚くことでもなく、オックスフォード英語辞典でhandkerchiefという語をひくと、「鼻をかむための小さな布きれ」という定義が出てきます。

ちなみに、秋の初めに公開されたアメリカ映画「マイ・インターン」では、「時代遅れ」な装いのシニアインターン、ベン(演じるのはロバート・デ・ニーロ)が、「ハンカチーフは女性が涙を流した時にそっと差し出すもの」という考えをもって、もはやアメリカでは絶滅しかけた?ハンカチーフを持ち歩いています。社長(アン・ハサウェイ)が飲み過ぎ、悪酔いしたときにも、真っ白いハンカチを優しく差し出しておりました。handkerchief.jpgそんな頼もしい実用品として生き残るハンカチーフですが、元々は求愛の小道具でもありました。handkerchiefという英語が使われたのが1530年。handは手、kerは包む、chiefは頭の意味。つまり、「手で持ち歩く、頭を包む布」という意味です。

騎士道華やかだった時代に、地位の高い女性が男性に恋心をほのめかす時に四角い布を手渡し、受け取った男性はこれを兜の中にしまい込むという習慣があったそうです。これが「頭を包む布」ことカチーフであり、やがてこれを手に持つことが貴婦人のファッショナブルなエチケットになっていったという次第。気になる人の前でわざとハンカチーフを落として拾わせる、という古典的すぎてもはやマンガ的なハンカチーフの使い方は、正しく起源を踏襲していたわけですね。そんなロマンティックな起源を持ちながらも実用品としての性格を強めていったのが今のハンカチーフでしょうか。

現在では、ハンカチーフはすっかり、体内から出るあれこれの液体をぬぐうためのものとなり、ロマンティックな機能をになうのは、ポケットスクエアのほうになりました。日本語ではポケットチーフという呼び名が定着していますが、英語ではpocket square. こちらは装飾に徹しており、素材も、コットンではなく、シルクやリネン(そしてポリエステル)が多く見られます。液体をふくようには作られていません。


スーツスタイルにポケットスクエアがあるのとないのとでは、がらりと印象が変わります。たとえネクタイをしていなくてもポケットスクエアがさりげなくさされているだけで、その人だけでなく、場全体が華やいで見えるのです。ある知人の表現を借りれば、その人を「zero to hero(ゼロからヒーローに)」変える力があります。

私の仕事の環境は、世間一般から見ればかなり特殊だとは思いますが、お目にかかる男性のポケットスクエア率がほぼ100%で、時々Vゾーンの写真を撮らせていただきます。そのなかから、実際の例を紹介します。

たとえばこのように、きちんとしたダークスーツにちらりと白いスクエアをTVフォールド(プレジデンシャルとも呼ばれます)にして。または着くずしたディナージャケット(アメリカ語でタキシード)にグレーのシルクスクエアを無造作に。小さな布がちらりとあしらわれているだけで、堅苦しさから自由になって親近感を抱かせ、だらしなさの印象を免れて洒脱な印象を与えることができます。
v zone 2.jpgまた、ツイードのジャケットでも、ありです(左)。田舎紳士がおしゃれするとこうなる、と自嘲していらっしゃいましたが、ジャケットの柄に同化するくらいのポケットスクエアの選択が、よいと思います。右のストライプスーツの方はネクタイとスクエアの色が微妙にずれているところが、いいですね。ネクタイとスクエアは、完全なおそろいにしないほうがよいように感じます。おそろいは、やり過ぎというよりもむしろ、あまり考えてないだろうという幼稚な印象を与えてしまいます。v_zone_4.jpgブレザーの胸ポケットにも、左右の長さが異なる台形型にさせば動きが出せますし、ネクタイをしないオープンカラーの場合でも、シャツの色に近い色のスクエアをふわっとさすだけで上半身が華やかになり、決して礼を失しているようには見えません。
v zone 3.jpg頂点を複数つくる、ダブルポイント(左)、スリーポイント(右)。ここまでやる上級者はやはりお帽子もセットです。
v zone 6.jpgさらに上級者となると、白いウェストコート、白いジャケットに合わせるこんなスタイルもあり。メンズの白は派手に見えすぎるおそれがありますが、逆に、ポケットスクエアが加わることで、これもまた「一つの風景」としてまとまりのある印象を与えることができます。ここまでくるとほとんどコスプレの域に近づいてきますが。v zone 1.jpg

ポケットスクエアをキザと見て敬遠する職場環境が日本には多いと聞きます。そのような環境に慣れていらっしゃる場合、上記のようなドレスアップ上級者の方々の例はまったく縁のないものに感じられるかもしれません。

しかし、ごく一般的なビジネススタイルにおいても、たとえば夜からプライベートのディナー、などというときに、ポケットスクエアを一枚さっとさすだけでドレスアップスタイルに早変わりします。そのささやかな気配りが、同じ場と時間を共有する人に対する、いわば「おもてなし」ないし「敬意の表現」となるのですね。自分や場への気配りと敬意を視覚的に受け取った相手は、ひるがえって、あなたに敬意や感謝のお返しをします。つまり、あなたの扱われ方が変わります。相手へのサービスはそうやって自分に返ってくるものです。侮りがたしポケットスクエア。もちろん、ズボンのポケットには万一のためのハンカチーフも忘れずに。

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中野 香織

エッセイスト/服飾史家/
明治大学特任教授

吉田 秀夫

”盆栽自転車” 代表

長谷川 裕也

"BOOT BLACK JAPAN" 代表

山本 祐平

”テーラーCAID” 代表

伊知地 伸夫

”FAIRFAX” TRAD部門ディレクター

慶伊 道彦

”FAIRFAX” 代表取締役

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