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Martini #1

Written by 慶伊 道彦May 19,2014

マティーニ

"マティーニ"と、口に出して注文する時ほど、男を意識する瞬間はない。
実に心地よい響きである。
マティーニ、マーティニ、マーティネス、などとも呼ばれている。

僕がマティーニを知って、もう40年近くなります。しかし、年を喰うたびに
その名前を言う時の心地よさは、深まってきました。(年を喰うというのも悪くはナイ)
僕のマティーニ歴史は、千鳥ヶ淵の"フェアモントホテル"のBARからはじまり、
コリドー街"COOL"の古川氏からアメリカンスタイルのマティーニを学び、
そして現在も通い続ける 銀座"TENDER"の上田氏のマティーニへと続く。
61QQkk2WuuL__SL500_AA300_asd.jpg coolasdf.jpg(引用写真)
テンダーは、10数年前、エスクァイアJAPANのBAR特集で知り、それ以来のファンです。
上田氏の作るマティーニは、まさに王道!金閣寺、銀閣寺です。
マティーニの変化球というか上田氏の作る"ギブソン"は、鞍馬天狗、早乙女主水介です。
また、上田氏秘伝の"HARD SHAKE"カクテルは、エンパイヤステートビル,エッフェル塔です。
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上田氏は、東京會舘出身です。(日本のバーテンダーは、もともとホテルのBARからスタート)
心の師でもある、今井清氏が東京會舘の"BAR"を名門に育て上げたということです。
そこで、今井氏の成り立ちを書いた "日本マティーニ伝説" =トップバーテンダー今井清の技=
を、読んでみたく、早速。(しかし、古本しか手に入らず)
その本によると、日比谷通りにある東京會舘は、戦後、アメリカ極東空軍の司令部となり、
"アメリカンクラブオヴトーキョー"と、名を改めることになりました。(美しく頑丈な建物が理由)
日本のバーテンダーの歴史がここから始まるわけです。(軍幹部へのカクテル作りから)
創生期、ここで修業をつみ、一流バーテンダーたちの基礎を築いた人物が、その今井清氏です。
ですから東京會舘は、マティーニの系譜でもあります。
上田氏は、會舘での接点はないのですが、(その後、今井氏がパレスホテルのBARに移るため)
東京會舘流を学ぶ事、即ち今井流であり、また尊敬した師から実地に多く学んだと言うことです。
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上田氏のMartini
ドライジン 5/6   ドライベルモット 1/6
ステアしてカクテルピンに刺したスタフドオリーブを飾り、レモンピールをする。
レモンピールは,45度の角度からグラスの足元を狙う、なぜならビターには、
にがみ、かおり、の2種類があり、その香りのみをグラスに乗せるためとか。
(これが、今井清氏から受け継いだ正統派東京會舘流とか)
いかに氷を痛めず、すばやく冷やせるステアをするか、レモンピールの加減は、
といったマティーニにたいする自分なりの理想の味そのものを常に追求している。
tender 14-04-01.jpg(上田氏に頼んでペーパーに書いていただく)
matini 14-05-15-03.jpg (上田和夫のカクテルノートより)
上田氏は、今年でバーテンダー歴50年の記念年!世界から賞賛されるカクテル名伯楽!
これからも、氏よりはむしろ僕が元気で飲める間はお世話になることと思います。
(これを飲んだ後、100m走れるあいだかな?)
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