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「起源」のロマン

Written by 中野 香織September 14,2015

スーツの袖口問題もそうですが、メンズファッションは「起源」の物語にあふれています。下襟のボタンホールは、軍服の詰襟の第一ボタンを受け止めていたボタンホールの名残りであるとか、モーニングコートの背中につくボタンは、乗馬の際に上着の裾を背中で受け留めるためのボタンの名残りであるとか。ネクタイの祖先クラヴァット(cravat)は、フランス王ルイ13世が雇ったクロアチア人(croat)の兵士が凱旋してきたときに首に巻いていた布のことだったとか。cravat 4.png(クロアチア人の兵士は、愛する女性からのお守りとして首に美しい布を巻いたと伝えられる。photo:Courtesy of Academia Cravatica)

そんな起源物語を語り継ぐことによって、現在の男性服の祖先としての軍服や乗馬服に思いを馳せ、何十年、何百年も前の高貴な男の生き方なんぞについて、あれこれ考えを巡らしたりすることもできるわけですね。前時代の服とは断絶せず、連綿と伝統をどこかで受け継いでいく。唐突な変化を繰り返す女性服には見られない、男性服の特徴でもあります。

起源物語はロマンティックなものばかりではありません。時々、失笑してしまうほど拍子抜けな物語もあります。たとえば、スーツの上着の一番下のボタンを留めないで開けておくことの由来。美食をはじめとして快楽が大好きだった20世紀初頭のエドワード7世が、あまりにも節制なく美食を続けたせいでヴェストが窮屈になり、ある晩餐会の席で、苦しさに耐えかねて一番下のボタンをこっそりはずしてしまった。それを見た周囲の者が、君主に恥をかかせてはならぬと皆、同じようにボタンを外した......というお話。edward VII.jpg(Edward VII, 1841-1910, 英国王1901-1910.  Photo from Wikimedia Commons)

当時の証拠がないので真実かどうかはわかりませんし、他にも諸説は散見できるのですが、少なくともこの物語がもっとも好まれ、語り継がれていることは事実なのです。トラウザーズ(ズボン)の裾を最初にダブルにしたとされるのもエドワード7世。ぬかるみを歩いていた時に、裾が汚れないよう折り返したのが始まりだそう。だからダブルはどちらかといえばカジュアル扱い、というかフォーマルウエアには使われません。正式なズボンはあくまでもシングルなんですね。

スペンサージャケット誕生の物語も、よく言えば人間味のある、悪く言えば「まぬけ」な話です。1790年ごろ、スペンサー伯爵が暖炉のそばに立っていて、テイルコート(燕尾服)の尾の部分を焦がしてしまった。困った伯爵は思いあまって尾の部分を切り取ってしまう。その丈の短い上着がマネされて流行し、その後、軍の正装メスジャケットとしても使われるようになるという物語。George_Spencer,_2nd_Earl_Spencer.jpg(George John Spencer, 2nd Earl of Spencer. 1758-1834. 写真は1800年ごろの肖像画。photo from Wikimedia Commons)

スペンサー伯の胸に輝くのは英国最高の勲章であるガーター勲章の星章。ファッション史上では燕尾を焦がしたうっかり者として記録されていますが、立派な政治家であり、王璽尚書、海軍卿、内務大臣を歴任しているばかりか、枢密顧問官、王立協会フェロー、ロンドン好古家協会フェローなどの数々の輝かしい肩書きの持ち主でもあります。そんなおそれ多いほど高位のジェントルマンが、ぼんやりしていて裾を焦がし、切っちゃった。そのギャップ萌えにより、この起源物語が語り継がれているのではないかとさえ推測したくなります。

ほかにも、知れば知るほど脱力してしまう物語が少なくありません。ただ、ロマンをかきたてる由来であれ、脱力系起源であれ、起源物語には共通することがあって、それは、ふとしたアレンジが生まれた決定的瞬間が、一枚の絵のように鮮やかに脳内に描けるということ。

将校が戦いを終え、平和な時間にほっと寛いで第一ボタンを外し、襟を開いたその瞬間。
勝利をおさめて意気揚々と行進する兵士の首元にたなびく美しい布。
ディナーに満足し、身と気をゆるめたくなり思わずボタンを外したその一瞬。
要職に就く立派な紳士が、うっかり
服を焦がしたときのあわてぶりと大胆すぎる決断。

私たちが脳内に描くその瞬間の絵には、時をフルに生きている男の息遣いがあります。キザを恐れずに言ってしまえば、命の輝きがあるのです。栄光の瞬間も、しょぼい瞬間も、いずれ変わらぬ貴重な生の時間。西洋の男性は、時代と組み合って生きた男の人生に起きる大小さまざまなエピソードを服にからめて託し、伝えてきたとも言えます。そういう視点で男性服を眺めると、洋服ダンスのあちこちから、すべての瞬間を味わい尽くして生きよという先人たちのメッセージが聞こえてきませんか。いや、それはコワいな。cravats.jpg

なんであれ起源は記念日を生み、記念日はお祭りやアートを生みます。10月18日はクロアチアではクラヴァットの日。写真は2003年10月18日に作られたインスタレーション、競技場をとりかこむクラヴァットです。A Cravat Around the Arena. (photo:Courtesy of Academia Cravatica; Marijan Busic "Cravat around Arena", land-art installation, Pula, Croatia, October 18th 2003) 

 

 

 

 

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中野 香織

エッセイスト/服飾史家/
明治大学特任教授

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