日本が救った「アメトラ」
January 13,2016
2016年があけました。今年もみなさまにお楽しみいただけるよう、フットワーク軽く、アンテナ高く、キャパシティ広く、の心がけで新鮮な話題を見つけてご提供していきたいと思います。どうぞよろしくお願いします。
さて今日は、現在の日本のメンズファッションを考えるうえで意義深い一冊の本をご紹介しましょう。
"AMETORA: How Japan Saved American Style" (「アメトラ:日本がアメリカンスタイルを救った物語」)、著者はW. David Marx、ニューヨークのBasic Booksから2015年12月に発売されました。概要をごくごく単純化してご紹介いたしますと、第二次世界大戦後から現代までの日本のメンズストリートスタイルの発展を、アメリカとの関係のなかにたどるファッション文化史です。
詰襟の制服以外に「着るものがない」状態だった戦後日本の男性が、アメリカのアイヴィーリーグのカレッジスタイルに模範を求め、そっくり輸入し、日本独自のルールを作って発展させていきます。これが1960年代に流行した「アイヴィー」ルックであることはみなさんもご存じのとおり。ところが、日本でこのスタイルが普及するころには、「本場」のアメリカのカレッジにおいてはすでに誰も着ていません。日本人がアメリカントラッドのつもりでばっちり決めてキャンパスを見渡せど、アイヴィーリーガーたちはTシャツとサンダルという姿......。現代においては、アメリカのほうが、日本独自の発展を遂げた「アイヴィー」ルックを新鮮な目で発見していますし、また、ジーンズも含めアメトラの最上のものの多くは、ユニクロ、MUJI、Bathing Apeなどの日本のブランドが丁寧にリメイクし、世界を相手に売っています。つまり、アメリカではとうに廃れてしまった「アメリカの伝統的な服」を救ったのは、日本だったのです。
そんな物語です。と簡単に片づけてしまうのはもったいないくらいの豊富な具体例が、写真も含め、鋭くもエレガントな考察のなかに、ふんだんに紹介されています。雑誌、ミュージシャン、スタイリスト、日本のカリスマ的スタイルアイコン、渋谷や原宿の小売店などのファッションプレイヤーのマニアックな固有名詞もザクザク出てきて、ファッション好きにはたまらない。同時に、「グローバリゼーションはいかにして進んでいくのか」ということも考えさせてくれる、知的な興奮に満ちた、信頼に足る大作です。
美しく品格のある英語を味わう楽しみもあり、英語でお読みになれる方はぜひご一読をお勧めします。英語が難しいとお感じになる方のために、全文を日本語訳してご紹介したいくらいですが、なにせ269ページという分量、いつ終わるかわかりませんので、恐縮ですが、今日のところは目次の日本語訳からおおよその本の流れをご想像いただくことで寛恕ください。
第1章 スタイルのない国
第2章 アイヴィーへの熱狂
第3章 アイヴィーを大衆に広める
第4章 ジーンズ革命
第5章 アメリカをカタログ化する
第6章 ヤンキーめ
第7章 ニューリッチ
第8章 原宿から世界へ
第9章 ヴィンテージとレプリカ
第10章 アメトラを輸出する
さて、日本人にはとうてい思いつかなかったであろうこの斬新でニッチなアイディアを、粘り強いリサーチを続けて形にしてみせたデイヴィッド・マークス氏とは何者なのでしょうか?彼はハーヴァード大学で東洋文化を学び、日本の慶應義塾大学大学院の商学部で修士号を取得、東京で暮らしています。実は今から7年ほど前、デイヴィッドがまだ慶應義塾の大学院生だったころ、ドイツからの留学生ヘルゲくんとともに、明治大学の私の授業にゲスト講師として来てくださったことがあります。どちらかというと道場破り的な(笑)ご訪問でしたが、長身イケメンのインテリ二人の登壇に女子学生は騒然としたものでした。しかも日本人すらよくわかっていなかった日本のファッション状況の精緻な分析を、流暢で上質な日本語で話していく。強烈な印象を残していきました。
そして再会したのが2013年の11月中旬。教え子のトモミさんがグーグルに勤めており、会社のある六本木ヒルズ高層階での社員用「フリーランチ」に招いてくれるという機会がありました。その時に彼女の同僚として同席してくれたのが、ほかならぬデイヴィッドでした。タイ料理を食べながら、「日本の戦後メンズファッションの歴史の本」の構想を、私よりもはるかに格調高い日本語で(!)デイヴィッドが滔々と語るのを聞いていたのですが、あのときの構想が、2年後に、すばらしい形で結実したというわけです。
「アメトラ」は文化史家としてデイヴィッドが一流であることを証明した本でもありますが、グーグルの社員でもあります。いったいどこまで優秀な方なのでしょうか。写真左が身長190㎝超のデイヴィッドです。グーグル社の社員食堂(と呼ぶにはあまりにも贅沢な内容と空間)にて2013年11月撮影。
「アメトラ」日本語版もさることながら、映画化を強く希望したいところです。身近すぎて起源を意識すらしていなかったジーンズやチノパン、スウェット、ブレザーなどの「トラッド」服に対する見方が変わります。
同時に、ファッションにおいて夢や幻想を抱くことのすばらしさと滑稽さについても考えさせられます。アメトラのみならず、ブリティッシュトラッドとかイタリアンエレガンスとかフレンチシックとか。外部の人間が抱く幻想と滑稽さは背中合わせなのかもしれません。でも、誤解混じりの異文化の受容が、その異文化の温存に役立っていたとしたら、さらに異文化と自国文化の融合がダイナミックな文化のグローバリゼーションを促進していったとしたら、それはなかなか素敵な物語だと思いませんか。