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祝:スーツ生誕350周年

Written by 中野 香織April 08,2016

あっという間に桜も終わろうとしておりますが、みなさまお健やかにお過ごしでしょうか。
しばらく間があいてしまい、ごめんなさい。
5月発売の新刊の最後の詰めにエネルギーと時間を注ぎ込んでおりました。
タイトルは『紳士の名品50』(小学館)。
紳士になりたいあなた、すでに立派な紳士であられるあなた、パートナーを紳士に育てたいあなた、あるいは紳士など無関心だけどたんにモノ好きのあなたのために選んだ名品50を、エッセイとともにご紹介するカラフルな本です。装丁やブックデザインも、思わず、ふふ、と笑みがこぼれそうな洒落た本になります。もちろん、名品50の中にはフェアファクスのネクタイも入ってますよ。
どうぞお楽しみに!4.6.11.jpgさて。あちこちで話しているのですが、いっこうに盛り上がらないので、こちらでも声を大にして申し上げます。

今年は、スーツ生誕350周年という記念の年です。

350年ですよ? 次の節目まであと50年。もう生きてない可能性大です。であれば大きな節目である今年のうちに、メンズファッション愛好家および関係者のみなさま、そうでなくても日頃スーツのお世話になっている男性のみなさまは、盛大にお祝いをすべきではありませんか?

お祝いイベントの計画を立てる前に、まずは、350年前にいかにしてスーツが誕生したのか、おさらいをしてみましょう。

時は1666年10月7日、舞台はイギリス。
この日、英国王チャールズ2世が、衣服改革宣言を発しました。
「余は新しい衣装一式を採用することにした。この衣装は、もう変えることはない」
この宣言により、宮廷服が一新され、男性のスリーピーススーツの祖先が誕生しました。

ピープス.jpg(根拠となるサミュエル・ピープスの日記。1666年10月8日付。「昨日のこと」として衣服改革宣言を記録する。「ヴェストが導入される。これは貴族に倹約を教える服になる」と。The Diary of Samuel Pepys. Vol.VI.  George Bell & Sons, 1904)

とはいっても、上着の丈は長いし、下半身はブリーチズ(半ズボン)だし、長髪のかつらはかぶっているし、ハイヒール履いてるしで、現在のスーツのイメージとは似ても似つかないのですが。

ポイントは、スーツのシステムにあります。この日、ヴェストが導入されることによって、上着(コート)+ヴェスト+下衣+シャツ+タイという構成要素からなるイギリス発のスーツのシステムが誕生したのです。

charles II suits.jpg

(King Charles II with English statesman and writer Mr. William Temple, by Mr. J Parker)

それ以前はいったい何を着ていたのでしょうか。イギリス服飾史の古典、アイリス・ブルックのイラスト本を参考にしてみましょう。1650年から1660年の流行スタイルのページです。胸元にも手元にもレースをたっぷりあしらい、丈の短いジャケットからはシャツがあふれだし、リボンやファーも多用しています。帽子、袖口、さらにはカールした髪にいたるまでリボン。

English costume 1650-.jpg
english costume 1650 2.jpg    (Iris Brooke, English Costume of the Seventeenth Century. A.&C.Black, Ltd. 1934)

上のカラーイラストの男がとりわけお洒落な男だとすれば、もっと一般的な男の描写が下のモノクロのイラストの男たち。いずれにせよ、丈の短い上着からシャツがあふれだしていますし、レース使いも過剰、ブリーチズ(下衣)のボリュームもたっぷりすぎるように見えます。

それが、1666年のチャールズ2世の衣服改革宣言の後、次のようになります。1670年から1680年のスタイルのページ。下に着ているヴェスト(当時の新アイテム)も、上のコートも、丈が身体に沿って長くなっているのがおわかりでしょうか。上のスタイルと比べると、全体の印象は、はるかにすっきりとシンプルになっています。

english costume 1670.jpg   (Iris Brooke, English Costume of the Seventeenth Century. A.&C.Black, Ltd. 1934)

ではなぜこの時期に、チャールズ2世は衣服改革宣言をおこなったのでしょうか? 

ごくかいつまんでいえば、それに先立つ1665年にはペストが猛威をふるい、1666年にはロンドン大火事が起き......とイギリスには災いが続いていました。どこかに原因をもとめて非難の矢を向けたい国民の不満は、宮廷に向かいます。災厄が続くのは、女道楽に耽溺する国王とその宮廷への天罰だ、という声も噴出します。それに対し、まずは衣服をすっきり刷新することによって、視覚的にわかりやすく、宮廷改革をアピールしようという目論見もあったのですね。


上着(コート)+ヴェスト+下衣+シャツ+タイ。この組み合わせで作る男の正装がほかならぬスリーピーススーツのシステムの原型となり、さまざまな試練の洗礼を経て少しずつ形を変え、現在に至るまで脈々と受け継がれているわけです。その間、女性のファッションシステムはほとんど変わりません。20世紀の初めまで延々と、コルセットで締めあげたボディに、下半身のシルエットを覆い隠すフルスカートのバリエーション。男性服のほうがはるかに敏感に社会の変化を反映しながら、前時代のなにがしかの痕跡をオマージュとして引き継ぎつつ、伝統を途切れさせることなく未来へと続いていく。はるかにスリリングではありませんか。スーツを着る男性は、敬意に値するそのような服を身にまとうことを誇らしく思っていいのです。そしてせめて心の中で祝いましょう、350周年を。



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中野 香織

エッセイスト/服飾史家/
明治大学特任教授

吉田 秀夫

”盆栽自転車” 代表

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"BOOT BLACK JAPAN" 代表

山本 祐平

”テーラーCAID” 代表

伊知地 伸夫

”FAIRFAX” TRAD部門ディレクター

慶伊 道彦

”FAIRFAX” 代表取締役

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