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メンズ仕様のスーツを仕立ててみました

Written by 中野 香織October 10,2016

ドレスアップの秋がやってきました。あちこちでファッションイベントが開催されております。メンズに関しては、今秋はとりわけ、テイラードスーツの勢いがあるように感じます。スリーピーススーツも多く目にするようになりました。

さて、これまでさんざんテイラーやスーツブランドの取材をしてきたにもかかわらず、私は自身でスーツを仕立てたことがありませんでした。テイラーの多くが「女性のスーツは作らない」と公言していることもありますが、私自身がパンツスタイルを避けていたためでもあります。ただでさえ骨太の男顔なうえに脳内も男に近い。パンツスーツなど着ると、まんま男性で通用しかねません。せめて外見だけは「女装」しておいたほうがいいんじゃないかという遠慮もあって、マニッシュな服装には手を出さなかったのです。



しかし、ある大きなメンズファッションのイベントでトークショウに登壇するに際し、主催者側から「できればスーツを着用してください」という要望がありました。これはきっと天の声、もう逃げるわけにはいかないなというわけで、ビスポークスーツの世界に足を踏み入れることにしたのです。今日はその「初めてのビスポーク」のプロセスのご紹介です。

通常のフルオーダーであれば少なくとも3か月以上は必要ですが、イベントまで3週間ちょっと。女性用のスーツを仕立ててくれて、なおかつ3週間で制作を完了してくれるテイラーを探すことから始めました。知り合いの紹介で、東京・蒲田にアトリエを構える「アトリエサルト」の廣川輝雄さんにたどりつき、お願いすることにしました。

まず一回目の訪問。用途や好みを説明し、生地を選び、採寸します。
suit 1.jpgさんざん悩み、選んだのは、ネイヴィーに2.5cm幅のブルーストライプ。サヴィルロウのホランド&シェリーのスーパー130。この幅のストライプは「ザッツ男の模様だな」と漠然と感じていたこともあり、ゆえにトライしてみることにしました。
suit 19.jpg極右なメンズ服地ですが、これをモダン&シャープなイメージで、かつ、シルエットにはフェミニンな印象も感じられるように作ってほしい、とオーダーします。超特急で作らせる上、無茶ぶりすぎるだろう!という無謀な注文にも、廣川さん「わかりました」とにこやかにうなずく。



そして一週間後、第一回目のフィッティング「仮縫い」に行きます。この段階では、上で選んだ服地は使わず、ピン刺しによる傷みを気にしなくてよい仮の服地で作られたものを着てみます。そしてサイズ調整をしながら、ピンをばしばしとさしていきます。

suit 26.JPG

このフィッティングをもとに、型紙を作製し、本番の服地を使って裁断していくわけですね。あわせて裏地やボタン、ベントやポケットなど、細部のことをひとつひとつ、話しあって決めていきます。suit 30.jpgそうして少しずつ形になっていくその進行具合を、翌日から、廣川さんが写真でフェイスブック上に報告してくれます。完成形に近づくにつれ、ドキドキが加速していく。待ちながら、インナーやVゾーン、手元をどうしようか、などとあれこれ想像をめぐらす。そのように期待しながら「待つ」過程に、おそらく、ビスポークの醍醐味があるんでしょうね。

さらに一週間後、第二回目のフィッティング、「中縫い」のために訪れます。この段階では、選んだ服地を使って縫い上げたものを着てみます。袖まわり、肩、襟ぐりなどを中心に、ミリ単位で調整を進めていきます。suit 29.jpg裏地はベンベルグ。鮮やかなローズピンクのストライプ地を選びました。ポケットのフラップの裏にも丁寧に裏地があしらわれています。背中のベントからは、動くとちらっとピンクが見えて、なかなかセクシー。ルブタンの赤い靴底に似た効果があるような気がします。suit 33.jpgトラウザーズは総裏で、ジャケットの裏地よりも一段淡いピンクのベンベルグです。履いてみると、滑らかで官能的な肌ざわりを堪能できます。蒸し暑い日でしたが、さらさらとした心地よさがずっと続く感じ。この感触を味わうためにヘビロテしそうな予感。
suit 31.JPG
そして10日後、いよいよ完成品を受取りに行きます。
suit 20.JPG

しかし着てみると、脇のあたりが若干、大きめに感じられる。イベントまであと2日しかありませんが、廣川さんはこの部分をすっきりさせるべく、もう一度裏地をはずして縫い直してくださるとのこと。ほんの1,2センチのことなのですが、その微調整で見た目が大きく変わってくるんですね。

suit 34.jpgボタンは黒蝶貝。遠目にぱっと華やかに見えるボタンです。



そしてイベント前日、ようやく完成品を受取りました。裏地の残りで、ポケットチーフも作っていただきました!

suit 35.JPG

いよいよ当日、スーツデビューです。実は公の場でパンツスーツを着用するのは初めてのこと。メンズライクにシャツを着る予定でしたが、この日は気温が上がり、とてもじゃないけど暑くてシャツは無理。男性のみなさまはよくぞこの試練に耐えていらっしゃるものだ......と頭が下がります。

suit 28.JPG白いウエストコートにスカーフを合わせ、首元・手首・足首はフェミニンにしてみました(往生際が悪い)。少し気温が下がったら、フェアファクスのタイを合わせて、よりメンズライクな感じで着てみたいと思っています。suit 27.JPGすべて手縫いの丁寧な仕事で、体型さえ変わらなければ(ここ、重要)、末永く愛着がもてそうな美しいスーツを仕立ててくださった、廣川さん(左)。ありがとうございました!



ことほどさように、スーツ一着仕立てるのには、時間もお金もエネルギーもかかります。でも、作ってくれた人の顔がわかるというのは不思議な安心感を与えてくれるもので、作るまでに経験したコミュニケーションは、スーツに対する愛情と信頼に変わります。テイラーにしても、誰の服を作っているのかがわかることは、仕事のやりがいにつながるそうです。ギャラはすべてお仕立て代に投資した形になりましたが、今後、トレンドに煩わされず、バリエーション豊かに長く着続けていけること、ぴたりと身体にあう服が作り手にとっても着る側にとっても、幸福の実感をもたらすことを思えば、とても有意義な投資なのではないかと思います。早く安く手軽に入手できて大量に捨てられるファストファッションがもたらす弊害が地球環境に悪影響を及ぼしていることが問題になっている今、心の通う、作り手の顔が見える服の重要性は、これからひときわ、脚光を浴びていくのではないかと思います。服だけじゃなく、食べ物も、建築も。

なによりも、長年メンズファッションのことを書いてきた自分自身が、ようやく、今さらながら、ビスポークスーツの力を身をもって実感しているのです(ほんと、遅すぎ)。このパワースーツが、今後の研究の方向を導いてくれることを祈りつつ、しばし、身を委ねてみたいと思っています。

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中野 香織

エッセイスト/服飾史家/
明治大学特任教授

吉田 秀夫

”盆栽自転車” 代表

長谷川 裕也

"BOOT BLACK JAPAN" 代表

山本 祐平

”テーラーCAID” 代表

伊知地 伸夫

”FAIRFAX” TRAD部門ディレクター

慶伊 道彦

”FAIRFAX” 代表取締役

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