Written by 慶伊 道彦April 30,2012
Jackson Pollock
先週、竹橋の国立近代美術館で開催されている ”POLLOCK展”に行ってきました。本当は桜満開の頃に行きたかったのですが(千鳥ヶ淵の桜をついで見で) アットいう間に過ぎて、、、
ニューヨークで何点かポロックを見たことはあるのですが、これだけの点数を日本で見れるというのはうれしい限りです。
僕は何故か、パリではなくてニューヨークなのです。それが絵画の好みにもでるのか、現代美術というかニューペインティング的な絵画の方がより身近に感じます。(勿論、ピカソのすごさはすごさ!)
東京国立近代美術館
アトリエと妻リーと最後まで住んでいた家
ジャクソンポロックは、ワイオミング州に生まれたのですが、本人の意思とは別にして画商サイドは、カーボーイ的画家として売り込みを計っていたようです。当時、アメリカの絵画のレベルが低く見られていたので、自国の画家を強く売り込みしたかったとの事。ただ、僕の感じるところポロックの画風には、たぶんに西部の荒涼とした原野のイメージがありますが、どうなんでしょうか?
幼少期の影響とアルコール依存症との闘いで精神科の治療を受けていますが、それが作風にも表れているとのことですが。
<ポアリングとは?> ポロック紹介ブログより~
彼が生み出した究極の絵画技法「ポアリング」とは、キャンバスに筆や棒などを使って絵の具を滴らせ、その色や厚みなどによって今までの手描きの絵画とはまったく異なる世界を生み出そうという技法です。ポロックは絵の具の色や濃さ、使用する筆や棒の素材や固さなどを変えることにより、思い通りのイメージを描き出すことができました。さらにこの技法は、意識的に細かい調節が可能な筆とは異なり、無意識の状態を直接図像へと反映することができると考えられ、当時流行していたフロイトやユングの思想とも深く結びついていました。さらにその方法論は、チベットやアメリカの先住民族たちが行っている砂絵にもとずくものでもありました。それはある意味、原始から伝わる宗教芸術と最新精神医学との出会いから生まれた技法でもあったのです。
「このやり方だと、絵のまわりを歩き、四方から制作し、文字通り絵のなかにいることができるのだから、わたしは絵をより身近に、絵の一部のように感じられる。これは西部のインディアンの砂絵師たちの方法に近い。・・・」ジャクソン・ポロック
ポアリング&ドリッピング
45年、同じ画家仲間 ”リー”と結婚、彼の才能にほれた彼女は画家業をすてポロックのマネージメントに専念、その頃よりポロックの作風に変化が表れ評価もグーンと上がりました。良いコンビでした。
しかし晩年、スランプに陥ったポロックは、奥さんをすて美人の愛人をゲットします。
結局、二人は自動車事故にあい、ポロックだけが死亡。彼女はサゲマン?
妻リークラズナーと
愛人ルースクリグマン=一緒に自動車事故にあう、が今も奔放に!
エドハリスが製作監督主演した映画”POLLOCK”いい映画でした。作品レベルも高いですし。
勿論、エドハリスがポロック役なのですが、これが本当にソックリなのです。BBCのドキュメンタリードラマ”ポロックその愛と死”のインタビューの中でも、
ある人は、”ほんまにそっくりやんか!姿も性格も!”と、いいはってました。
リークラズナー役のマーシャゲイハーデンが、またいいんですよ!印象に残りましたね。それに引きかえ、愛人ルースクリグマン役のジェニファーコネリーの役どころがイマイチ浮かばないんですが(今、考えても)、ジェニファー、あまりにいい女すぎていたせいでしょうか?
エドハリス=映画”POLLOCK”監督主演ポスター
エドハリス インタビュ
抽象表現主義の彼以降、現代美術が始まり、それ以降パリからニューヨークに画壇の主役が移ったようです。
いや~~好きな絵がたくさんあり、人が多い割にくつろげました。
会場ポスター&BOOK
なぜにアメリカにこうも惹かれるのかな?勿論、戦争好きとか白人特権社会とか欠点は多いですが、欠点を言っても先が見えませんしネ。(人の振り見て我が振り直せ?)
24日付けの日経、春秋コラムに書かれてましたが、、。
ハーバード大の入試責任者語る ” 客観基準は万能ではない。試験の点数や高校の成績表は、生徒の資質の一部を示すにすぎない。”
横浜の女子生徒は、出願した米国の大学のほとんどから入学許可は来た。成績抜群というわけでもない。言語障害に生まれつき障害があることが決め手になったという。大学は多様な人材を意図的に集めているからだ。 (日本の大学ではどうなのでしょうか?)
米国のアル一面。
Written by 慶伊 道彦April 23,2012
TriBeCa
NYレポート #3 Tribeca エリアと、ニューオープン店
この界隈を愛するロバートデニーロが中心になって、再開発されてきたこのエリアも、イマヤすっかりあか抜けてきました。
トライベッカとは、Tri-angle Be-llow Ca-nal street の略字となります。つまり、キャナルストリートとW.ブロードウエイとGreenwich st.とに挟まれた三角形のエリアです。ローアイーストに対してローアウエストにあたるかな。(そんな呼び名があるかはしりませんよ~~)
古くは、倉庫街中心の寂れた街だったようですが、最近では再開発もすすみロフト、アパートメント、ギャラリー、ホテル、レストラン、もちろんショップも。デニーロが経営にタッチしている?ホテル ”Greenwich Hotel" もできましたし。(1泊5万以上のお高いホテルです)
通ったついでにちょっと冷やかしに入って一休み。もちろん、ロビーですよ。
僕らのスタイルからは、やはり一番の話題のショップは、今春新しくオープンしたJ.クルー
” LUDLOW ”です。
近くにあり人気のJ.クルー/リキュールショップの1コーナーで扱っていたスーツのブランド名” LUDLOW ” をそのまま引き継ぎ拡大したようですね。ですから店内には、近くのビジネス街で働く男性向けの、スーツ、シャーツ、ネクタイ、靴、雑貨、、、Trad感満載です。
Hudson st.に面していますが、ワンブロック上には、”TOM BROWN" , 横に少し行くと、Steven Allan , J.Crew Liquor Shop , grown & sewn ,
など、アメリカンスタイルのショップが集まります。CAFEを入れれば、半日は遊べそうですね。西側に行くとすぐにハドソン川もあり、
見晴らしもすてきですし。9/11グラウンドZeroエリアもすぐそこです。(なんて時間のたっぷりある方だけですよ~~ 僕は1時間クイックタイム)
この後、Lovely Town Bleecker st. に向かいます。
この通りのニュースは、昨年2回にわたりお伝えしていますので、詳しくは省略します。
1店だけ結構おはやりの店。HAT の店 "Goorin BRS. " なのですが、原宿にある帽子屋と違いドレスに特化しています。女性も男性用のHATが最近はお好みのようです。歴史も古く(since 1895)、NY以外で何店舗か展開しているみたいです。
SOHOの端、Sullivan st.に、"PALMER" trading companyといううたい文句のカジュアルTRADの店です。どちらかというと、オーナーの趣味の店?という感じ。
NOHOのElizabeth st.に、どちらかというと場違いなメンズショップ。なぜなら、カジュアル中心の通りなのに完璧英国紳士スタイルの店だから。もしかしたら、キメキメ英国風でクラブ遊びという気分なのでしょうか? "Lord Wally's"というデザイナー名前で商品展開。
Written by 慶伊 道彦April 16,2012
FLATIRON
NYレポート #2 NEW OPEN
まずは、アッパーマジソンAV. 65丁目あたりですかね、”アットリーニ” がオープン。
近くには、テインカッテイ、ボレリ、キトン、などなど。まさに、この界隈は、リッチ~~~イタリアーノの世界。
そして、Brooks Brothers FLATIRON。
Flat Iron は、この界隈のエリアの名前です。10年程前からこのエリアには、新店が次々とできていましたが、いまいちモードよりというかブランド店のブリッジラインの店という位置。
それが、Rugbyができてちょっと目線がかわったという感じ。
フラットアイアンというのは、同名のビルの名前に由来してます。様式建築が匂う美しい三角形の平べったく薄いビルです。
ブロードウエイと5番街がこのビルで交差してから左右に広がる三角形のエリアです。23丁目から14丁目くらいまでをいいます。
意外と広く、あのグラマシーパーク周辺や教授の住むチェルシー地区の一部も加わります。学生街のユニバーステイstは、すぐ下にひかえますしね。
ブルックスは、創業時当時、この辺りで店を持っていましたので、原点帰りですかね。ポロのラグビーも近くにあるので、それを意識してオープンしたのでしょうか? 構成もカレッジ感覚たっぷりです。オリジナルはなく、各ブランドをミックスして構成しているのですが。(ブラックフリースなんかも無造作にポイとおいてあるし)
下の写真では、ビルのリノベーションの為、仮看板ですが、店は新鮮さがありますよ。
店内はローコスト感覚でカレッジ感がでており、商品構成とマッチしています。
一階と地下の2層ですが、上にゲストフロアというかソファやTV、雑誌などもありリラックススペースとして使えます。
(サタディーズみたいに本格的コーヒーを飲めるようにするとこのスペースももっとカッコいいんだが)
でも、ブルックスはがんばってます、というメッセージは伝わりますね、この店から。
Written by 慶伊 道彦April 09,2012
NYレポート #1 KEITH HARING 1978-82 / ブルックリン美術館
3月最終の日曜日、ブルックリンまで足をのばしました。キースヘリング初期作品展を見るためです。
キースヘリングといえば、80年代を代表する米国ポップアーティストですが、実は一般にはアンディウォーホールが評価してからの作品を見ることの方が多いのです。
今回は彼が、人気が出る前のニューヨークのスクール時代から初個展を開くまでの間に製作した青年期、約180点という最大規模の特別展となっています。
会場は、80年代前半のニューヨークのダウンタウンカルチャーの躍動感にあふれ、非常に楽しい時間を過ごすことが出来ました。
会場入ってすぐの正面入口の大きなキャンパス画から、もう圧倒され、落書きかアートかという当時論争が起こったと言うことが、今ここで見ると考えられないですね、ARTは辛い!
声帯系POPシンガー”クラウスノミ”(やはり、若くしてエイズでなくなる)、アート仲間の”ケニーシャーフ”、ロックグループ”PYLON”、、、などとの写真が、会場にあり、当時を懐かしみました。
バスキア、ケニーシャーフ、キースヘリングの3人は、磯崎新が設計デザインした巨大ディスコ<パラディアム>の内部デザインにかかわった。
PYLONは、僕がセントマークスのレコード屋で初めて買った恐竜柄のLPジャケット。このヘンテコなリズムをきいて以来、ソニックユースからRPMに至るニューヨーク派ロックの虜となりました。いや~~懐かしいね。
SUBWAY DRAWINGSシリーズといって、地下鉄や駅構内にいたずら描きしたアート。(どうやって、こんなに沢山も保存出来たのだろう?壁描きなのに。)
東京でのよくない思い出。ワタリミュージアムの向かいの子供服屋の上の大看板に、なんと!キースが一日掛けて描いて見せました。僕も、その際は何度も何度も見に行って興奮したものです。しかし、契約の行き違いか?看板はその後、ほったらかし。雨風に吹かれ
段々と剥げていきました。(いっそのこと、即消して欲しかったが) ARTを商売だけと考えてるとこうなるのかな?よく分からないが。
なんとなんと、MY”バスキア”とキースとのコラボの一枚もしっかり。これは見たことがなかったので、うれしいうれしい。
会場内は、日本の美術館と違い何の制約もなく(ボールペンがだめで鉛筆をいただいた)
子供達も沢山来てて、フレンドリーな雰囲気でした。
会場までの足は、マンハッタンローアイーストサイドからタクシーで23$、意外と近いです。ブルックリンブリッジからマンハッタンのニョキニョキビルを見るということはまずないので、パチリ!
ブルックリン美術館の隣は、国立公園。ですから、この辺りはのんびりゆったりした雰囲気(そのぶん帰りのタクシーキャッチは辛い)
日本では、遅れている桜も満開。やはり、キレイキレイ!
今年のNYは、暖冬で近場の山は雪不足で困ったらしいですが、僕の滞在中の初め3日間だけは零度近く寒波が来ていました。ですから、日曜は、この展覧会とTVで過ごしました。運が良いことに、ゴルフ”タイガーウッズ”の3年ぶりの優勝のプレーや、またまた再開した”MAD MEN”5をみれて、意外と楽しい一日でした。
Written by 慶伊 道彦April 02,2012
Monte Hellman モンテヘルマン
映画監督:71年、ユニバーサルで ”断絶” を撮るも、興行的に大失敗。その後、メジャースタジオの作品から閉め出される。
近年、再評価、再発見の動きが高まり、タランティーノ、ギャロなどのくせ者から敬愛を集める。ざっとこんなプロフィールです。
実際、”レザボアドックス””バッファロー66” も彼をイメージした作品ということです。
そのヘルマンが21年ぶりに監督しました。”Road to Nowhere” 、=果てなき路=
<FILM REVIEW>というブログには、詳しく内容が記載されているので気になる方は読んでみると良いですよ。写真も沢山ついていますし。
主役のローレル / ヴェルマのネーミング理由や、音楽担当 / トムラッセル(カントリー界のベテラン)が、映画”断絶”からの流れを引き継いで、往年のファンの期待には応えています。
その”断絶”の話:
”イージーライダー”69年の大ヒットは覚えていますか?アメリカンニューシネマの登場にわきましたが、ピーターフォンダ、デニスホッパー、ニコルソン、くせ者揃いの映画でした。
その観客を当て込んだ製作でしたが、興行的に大失敗。メージャーから遠ざかる原因となったいわくつきの映画です。
主演に70年代を代表する配役で、ドライバー役には、シンガーソングライターのジェームスティラー、共演にはビーチボーイズのデニスウィルソンを起用し話題を呼びました。助演にはあの渋いウォーレンウォーツ。ヒロインにはローリーバード。(彼女はその後、謎の自殺。
そして今回の映画のいわくつきヒロインの名前としてに使われています。)
70年代アメリカのフリーウェイを失踪する2台の車の終わりのないレース。当時の悩む若者像をとらえたはずの映画でしたが、、、。
僕は、どちらの映画も見ましたが、やはり観客を呼べない映画だと思いました。ただ、マニア受けすることは確実でしょうね。
それと、映画って、なにもわかりやすく無くったっていいとおもうんですよ。(勿論、時にはハリウッド話題作も見たいですが)
時代を感じさせるものが一つでもあれば、それだけで十分その映画を堪能したことになるのでは。筋なんてなくても。
そういった意味では、ヘルマンの新作はアメリカンニューシネマ時代を再発見させてくれたので、見る価値はあるのでは、、、?
もっとも主演女優のローレル役がイマイチで、監督の好みではなく僕の好みの人だったらもっと良かったのですがネ。(青いドレスの女とかの)
断絶
果て無き路
なにか一つでも得るものがあれば映画はいい!という考え方からすると、映画 ”ニーチェの馬” も見る価値があると思います。なにせ、全編、同じシーンですからね。1日目、2日目、3日目、、、どこまでいくのでしょうか?なんて、おもいながら見てしまいました。
徹底的に排除された台詞、極限まで削ぎおとされたシーン、生と死の背中合わせがただよう静謐な空間。2時間30分、芸術とはまさに辛いものです。(馬のションBenということを体感できましたしね、、、やれやれ、、、)
ニーチェの馬